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2007年10月27日 (土)

トクシンさんの言葉~「戦争は差別から生まれるのです。差別があるから人を殺せるのです」

 25日夜、参議院議員山内徳信さん(元読谷村長)をお招きして、沖縄の教科書検定問題と基地問題についてのお話しを聞き、更に三多摩の各自治体での陳情・請願等の動きを報告しあう会を開いた。
 合わせて、ジュゴンが生息する美ら海、辺野古への海上基地建設に反対して座りこみの闘いを続けた漁民・住民、地域のおじい・おばあ達を描いたドキュメンタリー『海にすわる』を上映。国分寺の月桃の花歌舞団さんによるエイサーもあり、目で耳でオキナワを感じてもらえたのではないかと思う。
 平日夜にも関わらず、100人を超す参加者がいた。遠くは、熱海からの参加者もあった。

 山内徳信さんからは、「戦争の時、日本軍が沖縄にやってきた。当初は、沖縄の人達も日本軍を“友軍”と呼び、自分達を守ってくれる人達と信じた。しかし、次第に米軍に追いつめられて、いよいよとなった時には、日本軍が恐かった。おなかがすいたら、赤ちゃんは泣くより他ないのに、敵に見つかるからと、赤ちゃんの口を手でふさげ! あげくには防空壕から追い出された」などの当時の話から、今も続く基地問題についての切実なお話しをうかがう事ができた。
 トクシンさんは、「弱い者は知恵を働かす事です。風のように、水のように闘うんです。そのような思いで辺野古の海に座ったんです。ガンジーやキング牧師のように」と言われた。
 その言葉の持つ本当の重さは今の私には到底わからないと思う。しかし、非暴力の不退転の抵抗は、生存権の主張そのものであり、私が目指す政治の理想と重なると実感した。

 国立に来てほしいと参議院会館へお願いに伺った時、山内徳信さんは、「議員バッチをつけて海に座らないと、もうどうしようもない。自分はもう年だから、残りの人生を全て使って、自分より若い人達が逮捕され傷つく事がないように、住民の先頭に議員バッチをつけて立ち、国・警察と対峙する覚悟で参議院議員になりました」と言われた。何度も「いのちがけの闘い」という言葉を使われた。

 『海にすわる』の中で、国との話しあいの場でトクシンさんは怒りながら、「沖縄の海も空も国のものか!」と叫ぶ。今もなお、在日米軍基地の75%が沖縄にある。沖縄はまだ「本土の捨て石」にされたままなのだと痛感した。その沖縄の辺野古で座わり続けている住民は、沖縄からベトナム・イラク攻撃のために戦闘機が飛び立って、多くのいのちが、かっての沖縄のように失われている事に黙っていられないと闘っている。

 昨日、会にも参加していた息子が、「文科大臣って資産8億なんだって」とポツンと言った。テレビニュースでは、守屋前防衛省事務次官(沖縄担当でもあった)が、兵器専門商社から接待のゴルフ等をばく大に受けていた事を伝えていた。
 『海にすわる』の中で、住民代表の金城祐治さん(今年亡くなられた)は、「貧乏人には貧乏人の闘いかたがありますから、今日一日、体に気を付けて頑張りましょう。また明日も挨拶をしなくてはならないので、これで今朝の挨拶は終わります」と言われていた。
 何という違いなのだろう。腹の底から沸き上がる怒りを力に変え、沖縄の人たちのように、水のように、風のように、知恵を使い、闘っていきたいと思った。


P062q お話される山内徳信さん
P065q 多くの方が参加された
P097q_2 トクシンさんと私

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