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2008年10月

2008年10月31日 (金)

議会レポート発送作業中です!

 10月31日は、議会レポート『こぶしの木』の発送作業日でした。
 東三丁目のバス通り沿いの私の事務所で一日中作業しました。

Sh350027  今回のトップには、来年度からの介護保険料の値上げは必要なしの記事を載せました。他に、国立市の財政問題や、住民基本台帳ネットワークの問題など、盛り沢山の内容で、国立市政の問題が凝縮されていると自負していますので、多くの方に読んでいただきたいなあと思います。

 いつも手伝ってくれるMさんに、今回の議会レポートに同封する11月29日の「日本経済と暮らし」の講演会のチラシの版下を作ってもらいながら、株って何だ? やった事ないからわからないよね、円高って?「風吹けば桶屋が儲かる」のことわざがあるが、アメリカのウォール街に吹き荒れる100年に一度と言われる金融危機巨大台風がどういう流れで私達の暮らしにどう響いてくるのかよく分からないけど、スッゴイ不安があるよね~。それにひきかえ麻生首相の新経済政策で全ての世帯に給付金を支給するのって分かりやすいけどね~と話しながら、やっぱり「風吹けば」から「桶屋が儲かる」までの間をちゃんと知らないといけないんじゃないかと思いました。

 11月29日(土)午後1時半~ 国立公民館・講座室で、講師は山家悠紀夫さんです。

 山家さんは、元第一勧銀の専務理事で、神戸大学大学院経済学研究科教授を経て、今は立川で「暮らしと経済研究室」を主宰されています。暮らしの視点からわかりやすく、今の日本経済の状況を語っていただきます。

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2008年10月30日 (木)

水のはなし

 10月30日、山崎環境部長から電話がありました。
 内容は、「谷保にある浄水場の機械管理室の天井と壁にアスベストが含まれている事がわかり、東京都と協議の結果、工事費約300万円は、都からの委託費用の中から流用する事で決まった。詳細は十二月議会で報告するが、検査結果は8月末に出ていたにもかかわらず、東京都との協議がなかなか整わず、今日までかかった。九月議会に途中経過でも報告すべきところを怠り申し訳ありませんでした」という報告とお詫びでした。

 一番気になるアスベストは、水に接する所では全くなく、人も滅多に立ち入らない所ということで、ひと安心しました。

 水道から出る水(上水道)は、今年度から検針業務が都業務となり(これも都からの民間委託となった事で問題が起きた事もありましたが)、浄水場管理業務も来年度から都直営となり、最後に残った水道工務業務も来年度いっぱいという事です。2010年度からは、地下水で自前でまかなっている羽村市・昭島市以外の三多摩24市は、全て東京都に一元管理される事になります。

 十二月議会で、今後のスケジュールを承認する議案が出されるとの事ですが、水質管理など重要な部分への市のチェックは可能なのか、水は自治の基本でもあると考えますので、質問したいと思います。

 山崎環境部長が言うには、「現在国立の水は、6割が地下水で4割が利根川の水で、この割合を変えないようにと、都には意見を出している。都は『東京の水』という事でペットボトルにつめて売り出すほど水には力を入れている。現に、国の塩素基準は1%だが、都は、それではまだカルキ臭いと消毒効果有効ぎりぎりの0.4%にしているので、水質管理は大丈夫」との返事でした。しかし、消防も都にまかせ、水までもと考えると、自治権とは何なんだろうと考えてしまいました。

 本日は、移送サービスに関する相談、緊急対応について、化学物質過敏の方からの電話相談、中国帰国者支援センターについて等々、あっという間に秋の日は暮れます。
 自転車で走りながら、夕陽の中のすすきの美しさに心がなごみました。

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2008年10月29日 (水)

大阪府守口市の「さんあい広場」を視察しました

Sh350024  10月29日は、福祉保険委員会視察の2日目で、大阪府守口市の「さんあい広場」を視察しました。
 さんあい広場は、介護保険が始まる2000年に、介護保険に関する地域住民と前市長との話しあいの中から、地域要望として上がったものの具体化としてスタートしました。

 さんあい広場の「さんあい」とは、「ふれ合い」、「助け合い」、「語り合い」の3つの「合い」から名付けられました。閉じこもりがちな高齢者のいきがい施策として、地域コミュニティーの再生の場としても、内閣府の高齢者いきいき事業として全国に紹介され、今年になって視察が増えたという事です。

 私達が視察したのは「さたさんあい広場」という、さた小学校の敷地内にある、使われなくなった幼稚園の建物の1階(2階は放課後ワクワク活動という子どもたちの放課後支援事業を行っています)を利用しています。地域運営委員会の自主運営により毎日開かれ、喫茶・食事・交流事業を展開しています。

 本日水曜日の午前中は、150円のモーニング(トースト・ゆで卵・コーヒー)が、50円を社会福祉協議会が補助し、100円で出されていました。たくさんの方々が楽しそうに召し上がっておられ、各テーブルの上には敷地内の畑で無農薬栽培されたサツマイモをふかしたものが置いてありました。土曜日は300円でお食事の日という事です。
 運営委員会には80人程の手伝い登録があり、喫茶・食事を各5班に分けてローテーションでおこなっているそうです。

 守口市は、場所と水・光熱費だけを負担しているとの事。社会福祉協議会も、閉じこもり防止事業として補助しています。関西には喫茶店でモーニングセットを食べるという人が多いと聞きますので、それもきっかけとしては良かったのかなと思いました。
 お隣りのさた小学校でかってPTAをやっていた方(女性)が、今はさんあい広場のまとめ役をされていて、長い間の地域のつながりの深さがわかりました。

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2008年10月28日 (火)

福祉保険委員会の視察です。テーマは複合施設

 今日(10月28日)から一泊二日で福祉保険委員会の視察です。
 委員会メンバーは8名ですが、今回は共産党の吉村さんが出産直前で参加できず、随行の議会事務局の小林さんを含めて8名での視察です。

 初日の本日は、京都府京田辺市にある老人保健センターと児童館の複合施設「大住ふれあいセンター」を視察しました。

 こだかい丘を切り開いた、緑豊かなところを約4億円で市が買い、総工費約7億円で建設し、2005年度から直営で開始という事です。ゆったりとした平屋づくり、周りにグランドゴルフ8コースが整備され、老人保健センターはお風呂、カラオケルーム、マッサージルームに調理室など、60歳以上の市民は無料で使えるとの事。児童館も利用しやすく作られていました。

 うらやましいほどの施設でしたが、交流を目的に造られた複合施設ですが、夏休みなどは苦情も多く、ソフト面での交流についてよく考えて造らないとだめだという本音も聞けました。隣り合わせに造っても「交流」は生まれないんだなあとか、良き交流だけが交流ではなく、トラブルもまた交流であり、それもまた隣り合わせに造っているからかもしれないなあとか、いろいろ思いました。

 京田辺市では、77歳になった方には杖をプレゼントするという事業もあり、賛否両論あっても長年続けてきたので、なかなかやめられないとの事でした。面白い施策だなあと思いました。

 国立市に即適用することは難しいですが、国立には直営の老人保健センターはなく、児童館との複合施設もありません。「うらやましい」のは、やはりそこまで高齢者福祉に力をいれている市の姿勢にあると感じました。

Sh350023  最後に視察のお土産にと、児童館の職員の方がドングリのふくろうを下さいました。暖かい気持ちになりました。玉露が名産の所ですが、玉露ではありませんが、とてもとてもおいしい煎茶を甘くいれて下さいました。印象に残りました。

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2008年10月27日 (月)

公約が現実問題となって現れて来る

 政党から出た議員の方は、政党の活動と市議としての公務と二つの仕事をやるのだろうと思いますし、地域代表のような形で出た議員は、地域活動と市議としての公務をやると、(勝手に)想像しています。
 私のような無所属の一人会派の場合は、本人の政治理念に沿った主体的活動にゆだねられるので、人それぞれです。

 私は、4年毎の選挙で、選対の人たちと一緒に総括と点検をし、これからの4年間で取り組みたい公約(政党でいうところのマニュフェスト)を作ります。
 その公約が私自身の自己目標となり、選挙期間、繰り返し表明する事で、自分の脳の記憶中枢に叩き込まれます。こうして選挙の関門を突破できた時には、普段意識しなくても、すっかり頭から胸から腹から肝にまで納まっている状態にどうやらなっているようです。

 例えば、谷保の農地を活かすための活動を今一生懸命やっていますが、何でこんなに私は一生懸命なんだろうとふと振り返ると、私の公約に、南部を、地場野菜を育て芸術と福祉のエコタウンにしようという中身のものがあり、それが原動力となり揺るぎない信念になっているんだなあと気づきます。

 公約が先か、問題が先かわかりませんが、公約にあげた問題意識は必ず、偶然の様に具体的な問題となって現れ、現実的に突き付けられ、取り組む事になるという訳で、不思議な気持ちすらします。
 公約だからやるのではなく、公約にあげた事は、必然的に現実となって現れます。それを避けて通れば、公約の力はなくなり、言葉や思いは力を失うのではないかとすら思うようになりました。
 逆に言えば、現実的に突き付けられた時、心を信じて無我夢中に働けば、夢が叶うのだと……。
 この10年でわかってきた事です。
 自分の言葉を信じる自分になれてきた事を嬉しく思います。

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2008年10月26日 (日)

立川朝鮮学校ふれあいフェスタに行き、地域のふれあいがある事を実感しました

 10月26日(日)、立川にある朝鮮第一小中学校のふれあいフェスタに出かけました。ここ数年欠かさず伺っています。
 子ども達だけではなく、金剛団歌舞団による素晴らしい演奏に踊りがあり、また一世の方の歴史を伝える写真が展示されました。名物のキムチや七輪焼肉や、ビビンバ、チヂミ、デザートなど、本物の味がバザー価格で販売されました。
 毎年ご近所の方々が楽しみに来られています。

 今回は国に対しての教育保障を求める署名活動の手伝いも兼ねての訪問です。
 国は、朝鮮学校を学校として認可せず、一円の補助金も出していません。歴史的に見て当然国は認め、保障すべき学校であるにもかかわらずです。このような国の姿勢に対して、地方自治体は本当にわずかながら助成金を出しています。これも朝鮮学校オモニ会などのたゆまぬ要請の成果です。

 その関係で、私も何人かのオモニさん達と知り合い、仲良くさせていただいています。
 昨日も久しぶりに会ったオモニさんが、「国立にお住まいの高齢の生活保護の方から家の補修を頼まれたが、市の対応がひどかった。上村さんに電話しようかと思った」と話されました。
 「そういう時には遠慮なく電話してほしい」とお願いしましたが、こうやってつながっているのはいい事だなあと思いました。

 学校の校舎時計は止まったままでした。署名して下さった地域にお住まいの方が、「あの時計を直す事ぐらい市がやってくれてもいいのにね」と言っておられました。本当にそうだと思いました。

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2008年10月25日 (土)

「この世に正しい戦争はない」──国立市平和都市宣言の意義深さを再認識しました

 10月25日午後、公民館地下ホールで、12月1日にくにたち芸術小ホールで上演されるお芝居『哀しみの南京』のプレ企画として、「南京事件と今の日本を考える」というテーマで学習会がありました。
 内容は、吉田裕さん(一ツ橋大)のお話しと、当時の惨状を記録したマギー牧師のビデオ上映です。吉田裕さんのお話しは、初めて伺ったのですが、大変興味深いものがありました。

 吉田さんは、もはや歴史学者の中では、南京事件がなかったとする説は通用しないと話されました。それほど証拠が出てきているという事です。
 しかし、政治家の中には、「なかった」とする人が複数いること。記憶と研究のズレや乖離が今の研究者の課題であり、今もなお南京虐殺を認めようとしない日本人、今もなお原爆で戦争を終わらせたと信じているアメリカ人とあわせて、その背景は何なのかを考えているとのことでした。
 また当時、大量殺戮があった事が日本に知らされなかったのかというと、そうではなく、いくつかの新聞記事や記録を紹介してくださいました。
 「見ようとしたら見る事ができたのに見えなかったところに、日本人の中国観、日本人の戦争観がある。加害と被害はつながる。南京と向きあわない事は東京大空襲と向きあわない事につながる」とのお話しに、本当にそうだと思いました。

 『哀しみの南京』のお芝居は二人芝居ですが、日本全国、アメリカ、中国でも上演されています。
 日本各地での上演にあたっては、キリスト教会の牧師さんや浄土真宗大谷派のお坊さんなどが熱心に応援されています。「ノーモア南京」は平和への祈りであり誓いでもあるのだと感じました。
 国立での上演をひとりでも多くの方々と一緒に見たいと思います。

 国立の平和都市宣言の中に、「この世に正しいと言われる戦争はありません」、「地球上にこれ以上の血を流してはいけません」とあります。この宣言は真実だと思いました。

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2008年10月24日 (金)

良い話しと悪い話し

 10月24日お昼頃、中国帰国者の会会長の鈴木則子さん(国分寺市在住)からお電話がありました。

 新支援法に伴う中国帰国者支援センターの立ち上げについて、則子さんが暮らす国分寺市が、国立市に対し、二市で立ち上げようとの協議をもちかけ、来年度からの実現に向けて東京都や国に補助金を申請する事が決まったとのことです。則子さんの本当に嬉しそうな声に、私も心からうれしくなりました。

 鈴木則子さんはかつて矢川団地にお住まいで、その関係から、国立市には国分寺市より多くの中国帰国者が暮らしています。くにたち公民館では長年、相談会を兼ねた日本語教室が市民ボランティアと当事者の方々の力で毎週続けられています。
 このような経緯から、国分寺市は当事者の方々の要請を受けとめ、国立市への働きかけとなったのです。

 午前中、国分寺市の担当係長が高齢の鈴木則子さんを車でお迎えし、国立市役所まで来て、国立市の担当係長に一緒に立ち上げようと働きかけたそうです。
 鈴木則子さんは、その動きに絶大な信頼感を感じたとの事でした。国立の担当係長も誠実に対応したとの事で、そういう職員の力で、国の補助金が有効に使われていくのだなあと思いました。

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 午後、前日市民部長から連絡のあった、個人市民税均等割の軽減措置不適用による過徴収についての報告書を受けとりました。

 千葉県市川市で発覚し報道されたのですが、国立市も点検していませんでした。該当者には一人100円の軽減措置があるのにそれをせず、この5年間で881人から88,100円の過徴収でした。
 11月に還付通知を出すということですが、郵送料等もかかります。ここのところ毎年のように税金の過誤納の問題が起きています。
 あってはならないミスなのに、起きてしまうのは何故なのだろう。あきれる前に考え込んでしまいました。

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2008年10月23日 (木)

53回目の誕生日は、芸術と、農地を活かすまちづくりについて考えました

 10月23日、今日で53歳になりました。
 もし今日偶然入る用件があれば、それは今後一年間の課題だったりしてとか、ひとり勝手に意味づけしていましたところ、本当に直前になって、午後と夜にそれぞれ興味あるテーマでの集まりへのお誘いが入りました。

 午後、「地域での芸術文化を巡って、具体的にどんな課題と問題が起きているのか」というテーマの会に参加しました。これは、国立市民で世田谷パブリックシアターの元ディレクターであり、世田谷文化のまちづくりにも関わっておられた松居憲太郎さんのコーディネートによるものです。
 「二兎社」を主宰し、社会派コメディーの脚本家、演出家として様々な話題作を創ってこられた永井愛さんのお話しや、国立でアートなまちづくりに関わっている方々の実感をお聞きし、私は行政上の諸課題についての話題を提供しました。

 脚本家の方のものの見方に初めてふれ大変面白かったです。
 永井愛さんは最近では、『歌わせたい男たち』という、卒業式にどうしても「君が代」を歌わせたい教師と反対の教師の喜劇を創られました。
 ソ連では、お金がなくなって生活が厳しくなると劇場に人が並ぶが、日本にはない文化、と永井愛さんは語られました。
 ご自分の事を「河原こじき」と表され、昔は日本でも、そういう文化は民衆の中にはあったなあと思い、国立芸術小ホールでも、もっともっとお芝居をやってもらいたいと感じたしだいです。

 夜は、国立の農地を残していくために何ができるのかについて、何人かで集まりを持ちました。
 結論は農業予算をもっと増やす(今は異常に少ない!)しかないよね、の当たり前と言えば当たり前の結論となり、そこに向けて頑張ろうという事になりました。

 芸術と農地、どちらもカルチャー(文化・耕す)です。国立のこれからのまちづくりの大きなテーマであると思いました。

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2008年10月22日 (水)

スローライフって面白そうです

 10月22日、午前と午後、事務所でたまっていた雑務を片付けました。メインは議会レポートの発送準備です。

 手伝ってくれたは、最近日野から国立へ移ってきたMさん。谷保で古い家を借り、援農しながら、「まちの縁側づくり」の夢の実現に向けて、血縁も金縁もないが、地縁と人縁のみのネットワークを掘りおこしての素敵な日々を送っています。

Sh350019  事務作業の合間に、Mさん宅の庭のナチュラルハウスを見に行きました。
 Mさんの家は南武線と甲州街道の間にあるとても古い家で、庭には大きな紅葉の木があります。なんともいえない暖かな雰囲気の庭や家を眺めながらいろいろ考えました。

 近頃、壊す前の古い家を探し、素敵に改装してエコライフを楽しむ人が増えてきたなあ~とか、
 このような形で古い木造の家が再生され再利用されると面白いかも! 不動産屋さん、行政も是非研究して欲しいなあ~とか、
 高齢になり古くて広くて管理するのは大変!という方がその家を貸し出し、適度な広さのバリアフリー住宅に移り住むという、世代による住まい方の研究検討も重要なまちづくりのテーマなのではないかな~とか、
 また古くなって借り手がいなくなったアパートを、何人かで共同で暮らすために一棟まるごと貸し出し、リフォームを許せば(まちの縁側どころか、まちの長屋の復活!です)、若手の芸術家(絵を描くスペースもギターを弾く環境も困っているとの声をよく耳にします)等、エコに関心が高い人も多いので、人気が出るかもなんて~とか……。

 くだんのMさんは、国立に来てまだ間もないにもかかわらず、スポッと谷保の地にはまり、同じ感覚の建築家やアーティストの方とも意気投合して、大きな紅葉の側に木の枝で作ったナチュラルハウスを置く事になったとの話しでした。

 住み着いた蛙もいるし、向かいの木にはアオダイショーがいるのよ~と嬉しそうに語る彼女は輝いていました!自然の力ってすごいなあと何故か感じた瞬間でした。

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2008年10月21日 (火)

共に生きる地域をつくりたい

 10月21日は東にある重度の知的しょうがいしゃのグループホーム「はじめの一歩ハウス」の月一回の泊まりサポートでした。

 夜11時ごろ一歩ハウスに入り、遅番の女性職員とバトンタッチして6名の入居者のうち2名の女性の方の緊急対応に備えて宿直室に寝ます(夜勤は男性職員だけのため)。

 朝は6時に起床。
 お味噌汁と卵焼きを作りウインナーを炒めて(これは毎回同じ)、納豆と昨晩のおかずの残り(今朝は、肉じゃが、山芋とささみのサラダ、ナスの煮浸しなど美味しかったです。一歩の料理人の腕はさすが!)とデザートのヨーグルトを揃え、一般就労を始めたJさんたちと一緒に朝ごはんを食べます。
 7時半に「いってらっしゃい」をして、私も8時に出発します。

 こういった泊まりサポートをほぼ5年続けています。入居者は全員20代で、私の娘が3小の5年生にいた時、4年生と6年生だった方もいて、その方たちのお母さん達と一緒にPTA活動をしていました。それからの付き合いです。

 夕方、老々介護の問題で相談にのっているTさんから突然、「病院から帰ってきて舞茸ご飯を作ったからおすそ分けに持って行きます」という電話がありました。
 そのお心遣いに大変恐縮しながら自宅マンションの外に出て、自転車でやってきたTさんから、タッパーにはいった炊き立ての舞茸ご飯とおからの煮物をいただきました。そこに車イスの友人が通りかかり、ほんの少し立ち話をして去っていきました。
 Tさんは、料理が大好きで、ピアノと歌の先生をされていたこともあり、「一人でご飯を食べるのは寂しいから時には食べに来て下さい」と言って、小さな声でしたが素晴しいソプラノで「愛の讃歌」の一節を歌ってくれました。

 共に生きる地域を目指していきたいと思っていたことのささやかな実りを実感した瞬間でした。

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2008年10月20日 (月)

明和マンション裁判問題でビックリの決裁が!

 10月20日、明和マンション裁判調査特別委員会の懇談会(打ち合わせ会議みたいなもの)と委員会が開かれました。

 前回10月9日の委員会で、私は、「『平成18年1月4日』市長までのA決裁が白紙に戻り履行されなかった事を記した文書がない。重要案件につき、専決処分(次の議会まで待てない理由がある時は、全会派の了承をとり予算執行できる事をいう)までした決裁がそのまま放置されている事は、国立市事務決裁及び専決等に関する規程上ダメなのではないか?」と質問しました。
 このA決裁とは、翌日の1月5日に明和地所株式会社に28,459,000円を支払うため、1月4日付けで専決処分の予算措置をした事を追記したものです。なお専決処分の決裁も存在する事もわかりました。

 ところが、何と、「平成20年10月9日付け」で白紙無効の決裁がなされていた事がわかったのです(関口市長印まで押されていました)。

 委員会が終わった後、
 ─かえって今さら、無効の決裁を付記するなんておかしい、とか、
 ─付記するならその決裁をあげた上原市長印じゃないとおかしい、とか、
 ─そのままにして(上原市長の口頭により執行停止した事を)謝った方が良かった、とか、
 ─監査委員はどうしてこの事を問題にしなかったのか?とか
 ─別に決裁をあげても執行しない事はままある事だから白紙無効の付記は必要ないんじゃないか、とか
 などの意見で、しばらくケンケンガクガクでした。

 それらの意見に対して情報管理課長は、「この(白紙無効の付記がないままの)決裁がひとり歩きされるとマズイので、今の情報管理課の判断で無効の付記決裁をいたしました」と説明していましたが、私も基本はそうだろうと思いました。

 本来、文書で決裁をあげたものが不履行になった場合、事後処理も責任者が文書で残しておくべきと考えます。
 とりわけ、今回のような、裁判という極めて特殊なケースにおいて、専決処分までの印を市長自ら押したものを、翌日、キャンセルの指示を口頭ですましたやり方は重大問題であると私は思います。

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2008年10月19日 (日)

同じ釜の飯を食うと大きな力になる!

 10月19日、予定では、午前中ふれあいスポーツをのぞき、午後は都心での住基ネットの学習会に参加するつもりでいました。

 しかし、近くでひとり暮らしをしていた娘が戻ってくる事になり(本人いわく、「居候」)、その引っ越しの第一弾と重なるため、そちらを優先しました。
 娘は福祉施設で働いているのですが、昨今の福祉切り捨て政策の影響を受けてか、人員不足による過労と、職業病とも言えるギックリ腰の悪化により仕事を辞める事になり、経済的にひとり暮らしは無理となったのです。
 娘は母親は当然仕事でいないだろうと、あてにはしていないようでしたが、朝一の電話でのやりとりでくたびれている感じがしましたので、自分の午前午後の活動予定をキャンセルする事にし、娘の引っ越しを手伝うことにしました。

 心の中に罪悪感が湧きあがり、申し訳ない気持ちがしました。これはふれあいスポーツと学習会に参加していたとしても、今度は家族に対して同じ感情を抱いただろうと思いながら、この「罪悪感」はどこからくるのか、一種のワークホリック(働いていないと不安という)ではないか、自分自身の働き方も、いびつなのではないかとふと思いました。

 気持ちを切り替え、腹が減ってはいくさはできないと、普段ならしない弁当を急遽作って娘に届けました。私自身も手伝いにこき使われる事になる息子としっかり朝ご飯を食べたら、心なしか、しおれた花にお水をあげたら生気が戻るように、みんなのやる気が出てくるのが見えるようでした。
 夕方で引っ越しはひと段落しました。

 夜は12月1日に芸術小ホールで上演されるお芝居『地獄のDECEMBER-哀しみの南京-』の実行委員会に参加しました。
 いつも中心になって下さる方の自宅で委員会を開きますが、前回は96歳の方からの直伝といういなりずしを、今回はお知り合いの不耕期栽培の知人からの黒豆の入ったおにぎりがさりげなく出され、集まったみんなを元気にしてくれます。
 みんなでひとつのテーブルを囲んで食べるのは、大きな力になるなぁと感じました。

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2008年10月18日 (土)

茶の湯の極意は自由と個性なり(環境フェスタにて)

 10月18日、環境フェスタが開かれました。
 私が少し関わらせていただいている「高齢者福祉を考える会」も、日本の茶の湯こそエコの思想であるとお茶席で参加されました。私も至福の一服をいただき、しばし立ち止まり、味わう時間を持てました。
 環境を考えるとは、人間も自然の一部であるという感覚を取り戻すための知恵と工夫と手間なのだとふと思いました。

 3時からは事務所で開かれた企画に参加しました。
 東にある私の事務所は、時折フリースペースとして、いろいろな企画が開かれています。我が事務所は狭くて細長く、「みんなのテーブル」と呼んでいる8人も座れば一杯になるテーブルを置いています。必然的に、それ位の規模でのお仲間うちでの、サークル活動のような主体的企画ばかりですので、ユニークで面白く、私も参加して元気になります。

 この日はまず、Tさんによる「低所得者・愛と自由を勝ち取る会」と称する、絵日記で自分を表現する企画です。小学校以来の絵日記でしたが、発表タイムでは皆の個性や、心中が垣間見え、不思議な感動がありました。
 次に、ひとり芝居をやっているYさんによる「ユルユルリフレッシュタイム」で、体のほぐし方から、あごのほぐし方、声(息)の出し方から、身体ほぐし、最後は表現までのリーダーをやってくださいました。心身を「緩める」ことは、子ども時代の遊びもそうだったなあと思いますが、自発的でクリエイティブで面白くて、しかもいかに大切かがわかりました。

 集まった皆さんは、ケアワーカーの仕事をしていたり、過労から心を病み生活保護を受けつつ心身の回復を待っていたり、車椅子の生活だったり、何らかの困難な状況を抱えながら生きている方々です。彼らはまた違う時間に、生活保護やケアワーカーの勉強会を事務所を使って定例的に行なっています。その中でどんどんやってみたい事が生まれてきたという訳です。
 事務所がそういう場になっている事を嬉しく感じます。

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2008年10月17日 (金)

フル回転の一日でした

 10月17日、朝8時半から市役所にて、介護問題の相談に同席しました。
 70代になって、子どもも親戚もなく、夫が突然倒れ、寝たきりになったらどうするだろう?
 病院も医療費だけでなく、ベッド代、食費、オムツ代等と合わせて月16万円ほどかかるという。年金は夫婦合わせて月20万円ほどで、老後にと考えていた蓄えがあっという間になくなっていく不安。「死にたい」という気持ちに幾度となく襲われる。……等など。
 話しを聞いていて、明日の我が身と胸が痛くなる思いがしました。
 「今から私が病院のケースワーカーと連絡を取り合いますから」との、元看護師であり元保健師であるケースワーカーさんの言葉は心強いものでした。
 今後は当事者の方や市と一緒に考え、見守り、議会でも提案していきたいと思います。

 次に10時から、谷保のヤクルト研究所の拡張工事に関して、直接ヤクルトさんにお話しを伺いました。
 城山南区画整理事業の認可申請が遅れているため、ヤクルトさんは第二期工事の着工の見通しがたたず、場合によっては撤退せざるを得ないと何度も市に訴えているのです。
 ヤクルトさんのコンセプトはまさしく、城山の緑と湧水と農業を活かした「森の研究所」構想で、国際会議場や地域に開いた水辺空間の創出ということです。
 今度はもっとオープンな場所で、ヤクルトさんのコンセプトを地域のデザインとの融合をテーマにシンポジウムを開いたら良いのではないかと考えました。

 午後は、自衛隊朝霞駐屯基地の広報センターを見学しました。
 平和貢献を前面に打ち出しながら、演習映像の中心は、戦車や軍事用ヘリによる実弾射撃と、「仮想敵」を相手の戦闘映像で、見ていて気持ちが重くなりました。
 自衛隊の中の自殺や暴行死とも言える訓練の問題など、「陰」の部分が何故起きているのか、このことの究明が切実です。広報センターがアピールする「陽」の部分より、「陰」の部分が実態の証明なのではないかと思いました。

 夜は住基ネットのわくわく塾に参加しました。

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2008年10月16日 (木)

いのちを活かすという事

 10月16日、気持ちの良い秋晴れの一日でした。
 昨日、自転車で見事に転んでしまいましたが、今朝は右手首、右首、右ほっぺが少し痛みます。筋肉の痛みも遅れて出てくるとは、まさしく「老化」の幕開けです。

 朝、食事をしながら、大学の数学科に在籍する息子が、知り合いの親の方から、そのお子さんに数学を教えて欲しいと頼まれたが即答できなかったと話し出しました。
 自分自身の教える事に対しての自信のなさから来るものですが、本来、勉強は教わらなくてもできるものなんだよ、とためらう理由を述べました。
 息子は、中3の二学期から学校を拒否し、大学には大検で入りました。現在、私の事務所兼フリースペースで彼独自のやり方で数学を教えています。
 今、彼が教えている方は立川養護学校を出た27歳の若者で、事務所で出会い、学校で学べなかったからという事で数学検定に挑戦しています。8級・7級と合格し、次は6級(小6)を目指しています。
 その方への教え方と、その前に来ていた大学生への教え方とは、全く変わることのない数学の原点からの教え方です。おそらく、彼が自分で見つけたやり方なのでしょうが、これを見た時、私は心底驚き、人は勉強する事が好きな生き物なんだなあと思いました。

 午後、谷保で有機農業を営む北島さんの稲刈りを見せてもらいに行きました。
 「農薬も化学肥料も使わなくてもちゃんと実ってくれるもんです」という言葉が印象に残りました。
 有機農業は土つくりからとも言われ、土が本来持っている自然の力で野菜を育てるものです。だからなのか北島さんの話しはいつも「いのち」とはどういうものか考えさせられます。

 夜、市役所での地域保健福祉計画推進協議会のしょうがい者部会を傍聴しました。重度の全身性しょうがいのある三井絹子さんが座長でまとめられています。日本で初めてと言われるしょうがい当事者の参画です。
 これは私が議会で指摘し、しょうがい当事者の参画を明記させた事から始まりました。その種がどのように育つのか見届けたいと考え傍聴を続けています。
 とにかくスゴイ!の一言。知的しょうがいの方も入っています。
 その中味の濃さはテレビなどで取材してもらいたい程です。

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2008年10月15日 (水)

自転車で転んでしまいました!

 10月15日、自宅マンションの駐輪場から出ようとしてバランスを崩し、なんと自転車ごと倒れて、顔と手を打ってしまいました!
 このところ左膝が痛く、とっさの時に対応できず、それこそ手も足も出ずに倒れていった訳で、「老化」の二文字が頭をかすめました。
 気持ちだけ先走るのはやめて、気も体に合わせ、スローライフに切り替えよう!と、“転ばぬ先の知恵”(ちょっと違うかなあ?)と思いました。

 今日は化学物質過敏症の方から電話相談がありました。近所での工事と、家の前でのタバコのポイ捨て(タバコの煙もダメなので)などで苦しさがひどく、逃げ場を探されているとの事。もう数年のお付き合いですが、本当にシンドイ事だろうと思います。ただお話しを聞いていると、非常に厳しい現実があるにもかかわらず、自然の暮らしに一番近いところで生きておられる事を感じます。

 その後、老老介護の相談の件で、介護保険課長からケースワーカーの対応などについて聞きました。
 病院から病院へ3ヶ月毎に替わり、特養は医療ケアの必要な方は入れず、在宅介護は無理の状況で、介護する側(多くは女性)は、子どもや親戚がいなければ、最後に頼るところは市役所しかありません。市役所に来られて相談すると、必ず涙ぐんでしまうとの事でした。
 そのような場合にはケースワーカーの出番です。
 病院との連絡、経済的問題、心的問題など、一人でクリヤーできないところを支えるのがケースワーカーの仕事で、大変な仕事です。このケースワーカーの人数が充分で、力量があれば、セーフティーネットになります。
 どこの自治体もお金がないと職員を減らし、議員までが民間依託になどと言っていますが、これは大きな致命的間違いです。10年間、暮らしの相談を受けてきて断言できます。

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2008年10月14日 (火)

国立の行政評価は大丈夫か?

 10月14日、お昼のランチを我が師匠井上スズさんたちと楽しみました。
 北のシルバーピアにお住まいのKさんもご一緒したのですが、Kさんは、若い頃から歌舞伎や浅草演芸場によく通っていたそうで、浅草では、客が芸人より上手で、芸人を絶妙にツッコミ、それによって芸人が鍛えられて上手くなっていく、そのかけあいがたまらなくいいという話しをされました。
 そういえば、我が師匠のスズさんも現役時代の議場での間髪いれずの絶妙なヤジは超一流で、例えば、他議員の自転車撤去に関する質問中に、すかさず「自転車ドロボーッ!」と議席からツッコミを入れ、答弁職員も質問議員もそのツッコミに対してあわてて応対してしまったり、議場のテンションを一気にあげていたよね、という話しになりました。

 市役所に戻って、先日来の相談の件で教育委員会やこども家庭支援センターや建設部などかけまわっていたら、ある管理職員さんから、「上村さんは行政評価に賛成ですか?」と聞かれました。
 その職員の方の話しでは、「今日、行政評価の研修があり、市長の行政経営指針もできた。ひとつひとつ説明されれば、それはそうと一応はわかる。しかし、全体を通して「10億円足りない」と言われると、その根拠が明確なのかどうかよくわからない。このままいくと来年度予算の時、どこを削り、どこを優先するかの争いになるのではないか?」ということで大変考えさせられました。

 本当は議会としては、同時進行で各会派毎の予算要望ではなく、議会全体として、市がやろうとしている行政経営方針をもんでたたいて、意見していかなければならないのだろうと思いました。切磋琢磨の関係でありたいものです。
 議長に私の意見として述べておき、私自身としても今日の職員さんの一言は、何ヶ月か先の市民の指摘に通じるものとして、受けとめておきたいと思いました。

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2008年10月13日 (月)

わくわく塾「南部のまちづくり~区画整理事業について」を開催

 10月13日午後3時~5時、中一丁目集会所でわくわく塾「南部のまちづくり~区画整理事業について」を開きました。
 これは7月13日に開催した「農地を守り活かし未来につなげるまちづくりフォーラム」(150人ほども集まりました)の実行委員の方々などにお声をかけて開いたものです。

 これからの国立のまちづくりを考えた時、地球温暖化への対応としての環境整備(緑と水と土)と都市農業の推進(地産地消)は重要なポイントになってきます。とりわけ、谷保天満宮・城山公園・南養寺・郷土資料館・古民家などの青柳崖線沿いには、ママ下湧水などの湧水と田園風景が残り、国立外から散策に来られる方も大勢います。大学通りと並ぶこれからの国立の観光拠点にもなる地域です。
 美しい湧水や多摩川から水を引く用水路には、コサギや鴨やザリガニ、鯉などが生息し、子ども達の水遊びする声が響きます。

 昨日のわくわく塾では、「子ども達が遊べるような、深く茂らず、草がはえた自然な地形の湧水や用水を残せないか」というコンセンサスを全市的に取れないだろうか?という話しが出ました。
 日野市では市民に対し、用水を守るためにいくら出せますか?とアンケートをとったところ、一番多かったのは3,000~5,000円だったそうです。国立市でも同じような基金を集めてはどうかの意見。
 また、水を残した区画整理の方が将来的に資産価値が上がるということを住宅会社などに聞いて証明してはという意見。
 用水をどのように管理するか、清掃や草刈りなどの仕事はもはや農家だけでは無理、「公共施設」として公園と同じように維持管理するソフト面の整備(日野市には用水守りの制度があります)や受け皿づくりの必要性がある、そういう会社を作っては?という意見も出ました。
 こども達の体験水田は貴重との声もありました。
 また農家にばかり負担をかけず、市の農業予算をもっとかけるべきとの意見も出ました。

 21世紀のまちづくりの中心は谷保にあると思いました。

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2008年10月12日 (日)

自転車事故、いじめ、子育ての疲労、老老介護など、多くの課題に出会った日でした

 10月12日朝、矢川の家を出て、休日応急診療所の角まで来ると、女性が道に倒れ、傍らに小さなお子さんの手をつないで、心配そうにしゃがみこんでいる夫らしき男性が目に入りました。
 側に自転車が2台。声をかけると、カーブで自転車同士が接触し、妻の乗っていた自転車が倒れ、肩を強打し、痛さで起き上がれず、救急車を待っているという事でした。
 次の用事があり急いでいましたが、心配で立ち去れず、何か自分に手伝える事はないかとアレコレしていましたが、救急車が来るのがとても長く感じられました。
 2歳ぐらいに見える子どものヘルメットが転がっており、その子はどこもケガはないということです。もしかしたら、本能的に子どもを守ろうとして、ご自分の体を強打したのではないだろうかと思いました。また、左肩ではあるけれど、これからの育児が大変だろうなあとか、でも頭でなくて良かったとか、いろいろ考えてしまいました。
 自転車はほんの一瞬の事故でも取り返しのつかない事になると実感しました。どなたかわかりませんが、早く回復なさる事を願っています。

 その後、本来の用事である、東の造形リトミック教育研究所に伺いました。
 この研究所は、しょうがいをもつ子どもたちに音楽と造形を統合させて学習の基礎能力を開発する創造的教育を行ない、30年以上の実績があります。私が知っているこどもたちも何人も通い、その素晴らしい絵や作品に感動しました。
 実は、そこに通うお子さんが学校でイジメにあい、保護者が度々訴えても解決されず、研究所としても面談の域を越えるので、研究所から私に連絡して来たのです。
 副所長である玉野さんから、一般論として、イジメの問題は、イジメる側の子どもも大きな意味で被害者であり、何らかの(学校・家庭・自分自身などの)ストレスフルな環境の中にいる事、厳しく注意すれば解決する訳ではなく、そこで学校の教育力が問われるのだが、若い担任の未熟さをフォローできる力量が学校にないように思える等、貴重なお話しを伺う事ができました。
 また保護者から、ゲームの様にパンチされても、周りの子はむしろイジメの側につく事、その事を相談できる他の保護者がいない事などをお聞きし、大人社会の問題がストレートな形で教室で起きている事、その事を解決できない学校の姿が見えるようでした。イジメてしまう子のかけこみ寺が欲しいという言葉も心に残りました。
 また実際にイジメられている子は、家庭やリトミック教室で自らを解放し、イジメられている事そのものすら、自らの成長のかてとしていると聞き、希望が見える思いでした。
 イジメている子や、その親や、担任みんなを励ましたいと言われる副所長に、「教育力」とはこの人間を信じる力なのだろうと思いました。こども達の素敵な絵に囲まれたこのスペースで、担任や主任や指導主事なども入り、今後の対応などについてじっくり話しあうと道は開けるのではないかと感じました。
 私の仕事はまずは教育長と話す事で、早速14日に動きます。

 他に、しょうがいのある子どもを育てるのに疲れ、我が子をかわいいと思えず、せめて、土日だけでも眠りたいとのSOSを受けているが、週末ステイできる場所がないという相談も一緒に受けました。子育ての疲労が虐待やネグレクトにつながる事は容易に想像できます。

 これも14日の私の宿題となりました。こども家庭支援センターとの話しになります。いずれにせよ、地域の教育力の拠点として、このリトミック教育研究所のような民間とのネットワークも大事なのではないでしょうか。

 午後からは、公民館地下ホールで開かれた市民主催の「九月議会の話しを聞く会」に参加しました。
 この中で、議会は魅力がない、行って何も得るものがないという厳しいご批判をいただきました。こういう市民の声に議会はもっと真摯に耳を傾け応えていかなければいけないと感じました。市民の声を聞く会を議会としてやるべきではないかと思います。苦情は貴重な提案です。そこからの議会改革が必要だと考えます。

 また、老老介護では次のような訴えがありました。胃瘻や管をつけた夫が入れる施設がなく、救急車で入院するが、退院しても行くところがなく自宅に帰らざるを得ない。そしてまた救急車……、を繰り返している。くたびれ果てて市役所にかけこむが、市の窓口の対応が本当に冷たい。ほかの市ではケースワーカーが病院まで来て、病院のケースワーカーと協議し、次の対応を考えてくれるが、国立市は紙を渡すだけとの訴えです。
 「対応します」と市長が返事をしていましたが、これも14日以降の追跡調査に加わりました。

 以上、交通事故、いじめ、子育ての疲労、老老介護など、いくつもの議員としての宿題をもらった一日でした。
 ひとつひとつが重い課題ですが、市の課題(人員不足など)も考える中で、苦しんでいる市民と、担当のケースワーカーをつなぎ、実効力のある相談支援体制(窓口からサポート先まで)を作っていかなければなりません。私も人と人とをつなぐ「まちのコーディネーター」になりたいと思いました。

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2008年10月11日 (土)

中国帰国者の会会長 鈴木則子さんのお話しを聞く

 10月11日、立川シビル市民講座「20世紀をこえて~先輩女性に聞く~」の第3回、中国帰国者の会会長鈴木則子さん(以前は国立の矢川団地にお住まいで、今は国分寺市在住)のお話しを聞きに行きました。

 鈴木さんはご自分の体験を息ある限り語り続けていきたい、国の姿勢を見続けていきたいと話されました。

 現在は一世の介護が問題で、三鷹に「憩いの家」を作り、みんなで集まり楽しい時間をもっているが、このような地域での居場所づくりが必要で、そのためには地域自治体や市民の支援協力が必要だとのことです。
 次に、言葉の壁の問題、また中国帰国者についての歴史認識のない職員の対応により市役所に相談に行きたがらない帰国者も多いので職員研修が是非とも必要であること、三世・四世となる子ども達が、親が保護者会に来ると(親は日本語を話せないので)中国帰国者である事がわかるので来ないでという子が多いとのことです(これは教育の問題で、立川市の指導補助員制度はその解決のための全国モデルにもなれるものでしたが、予算がないという事で削られてしまいました)。
 さらに、就労の問題、病院への付き添いの問題、同居を認めない新支援策のおかしさ等を話されました。

 国立市では中国帰国者の会と市との話し合いの中で、今年度から二世の方に支援相談員となっていただき、週2回の相談体制をとり、病院やハローワークへの通訳としての付き添いや、生活保護等に関する相談にも、当事者の立場に添いながら担当課とつなぎ細やかな支援がなされています。

 彼女が来られる曜日には、市役所ロビーに中国語が頻繁に飛び交います。それを聞くたび、困った事が起きた時、市役所の支援相談員を訪ねれば何とか道は開けるのではと思える「灯台」のような市役所になりつつある事を実感し、本当に良かったと思います。共感から当事者に沿った支援が始まる……、その典型を見せていただいています。
 この小さな灯りが消える事のないようにしっかり見守っていくのが私の仕事であり、議員としての責務だと思います。

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2008年10月10日 (金)

介助についての懇談会で……

 10月10日、介助者と車椅子の利用当事者の介助(身体)についての懇談会に出ました。
 介助者の人たちは皆さん違う事業所から来ている人たちで、その人達同士は初顔合わせでした。
 そこでの話しを聞きながら「介助とは何なのか」を改めて考える貴重な場となりました。

 その会を開いた利用当事者の方が、「例えば、○○さん(介助者)は今もそうやっているんだけど、少し左に傾いて座るくせがあるよね。その事って無意識でしているから自覚ないかもしれない。そういう日常の自分の事を話すのは難しいよね」の言葉に、座り方ひとつにも、どう介助されれば一番良いのか、その事を口で説明するのは大変難しいという事、またその言葉を聞きとって、介助する場合の介助者側の技術だけでは補えない感性の問題があり、どちらにも必要なのは「自分への理解」であり自分の事を等身大に理解していく作業と相手を等身大に理解していく作業は同じなのではないかとふと思いました。介助とはまさしくコミュニケーションの問題なんだなあと思いました。

 介助者不足の中、介助労働をする人が減ってきている現実があります。
 絶対的人数が少ない中、単価も低く、施設などは職員数も減らさざるをえない状況です。その中で介助者の人たちには心身のストレスが限界を超えて働いている人も少なからずいます。
 「自己犠牲的に働く人は、どうしようもなくなった時に介助している相手や他の介助者を恨み、そういう言動に無意識にいく。その事がおそろしい」と車いすの友人から聞いた事があります。
 本来ならそういう深刻な問題は、パーソナルなところからくる問題でも、その人や相手のせいでもなく、社会や政治のしくみの中で起きてきていると思うのですが、現実には目の前の相手との関係の方が切実であり、その問題をどのように解決していけば煮詰まる事なくいけるのか、煮詰まった時、ふと肩の力を抜いて、きれいな遠くの景色を見るような穏やかな落ち着いた気持ちをどうしたら取り戻せるのか、その時に必要なものは自分と相手両方に対しての限りあるいのちへの尊厳なのかもしれないと思いました。

 日々介助を受けながら生活している方や介助している方からは、そんなきれい事じゃない、あんたなんかに何がわかる!などご批判がありそうですが、私がこれまで出会った様々な困難な状況を抱えて生きている方々とのお付き合いの中で、生きるとはどういう事なのか学ばせていただいたという思いがありましたので書いておこうと思ったしだいです。

 その話しあいの後、秋の風景が見たくて城山南に自転車で行きました。収穫前の稲穂の黄色さと、用水で泳ぐ鴨、その風景の中で心がゆっくり満ちてくるのがわかりました。

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2008年10月 9日 (木)

明和マンション裁判調査特別委員会

 10月9日、午前10時~午後17時まで、明和マンション裁判調査特別委員会でした。

 7日の決算特別委員会の終了後に開かれた明和マンション裁判調査特別委員会懇談会(次の委員会に向けての準備のために開いています)で、今後のスケジュールについて、年内に調査を終え、来年1月~2月で調査報告書をまとめ、三月議会に提出する事を決めました。
 その期限の根拠のひとつとして、住民監査請求の請求期限が、支払い日(本年3月27日、市は明和に賠償金プラス遅延損害金約3,100万円を支払いました)から1年間と決められているので、それをめどに出したいと考えた訳です。

 報告書の分担も決め、私は、明誠会の井上議員と共に、「遅延損害金を公金で支払う法的根拠」を担当する事になりました。

 私は、支払い提案が出された三月議会の時点から、2007年1月5日以降の遅延損害金に公金を支出するのは間違っていると主張し続けています。

 2006年12月27日の臨時議会で、賛成少数により議会は上告を否決しました。この否決が市長の合点のいかない結果であったにせよ、自治法上、市は上告できなくなりました。
 上告しないという議決結果を受け、市としては一刻も早く払いたい訳ですが(毎日3,000円の遅延損害金が発生します)、年末年始が重なったため、年明けの1月4日に、1月5日に支払う旨の決裁を済ませました。委員会では資料として、市長印の押された決裁書が提出されました(行政事務のほとんどは、事務決裁規定に沿って行なわなければなりません)。
 ところが1月4日、補助参加人が上告し、その事が新聞報道によりわかったため、5日の支払いをストップしたとの事です。
 しかし、1月4日の決裁を白紙にする決裁を文書で行なったのかとの疑問がわきました。
 決裁を不履行にするための事務手続きをきちんとやったのかと質問したところ、現総務部長は、「本来は不履行の場合はその理由を記した文書等を貼りつけるが、この場合は口頭により中止されたように思う」との答弁でした。次回までに事実を調べ報告してもらう事にしました。
 白紙に戻す決裁行為をせずに口頭だけでストップしてよいはずはなく、事実だとすれば明らかな手続き違反です。

 一連の本件裁判は、中身の解釈は別問題として法的には、明和に市及び市長が訴えられた2002年2月14日~2007年1月5日までと、2007年1月6日~2008年3月27日までとに分けられると私は考えます。

 前半は自治法92条に沿って議会での議決を踏まえた行為がなされていましたので、自治法上も民事訴訟法上も問題はないと考えます(もちろん法的には問題なしでも、結果として2,500万円を明和に支払わなければならなくなった市長の政治責任をどう見るかはあります。これも今回の調査特別委員会のテーマのひとつです)。

 しかし後半、1月6日以降は、議会議決に反する上告となった訳ですから、地方自治法による根拠がなくなり、それ以前とは全く質の違うものになったと私は考えます。
 2007年1月6日以降は、5名の補助参加人と前市長とで、市長の権限として取下げなかった訳で、これは前市長の政治責任において決定されたことです。従って、結果として発生した遅延損害金約160万円(1月6日以降前市長就任期間)は、前市長の責任で支払われるべきです。
 その意味で現市長は、自らの就任期間に取下げなかった政治責任として、副市長共ども、2ヶ月に亘って約116万円の報酬を減額しました。

 更に本調査特別委員会で明らかになったことがあります。
 2007年1月3日、5名の補助参加人は市長の取下げないという意思を確認するため市長を招き、その事に感謝した前市長は、その場にいなかった方の上告の印鑑を押してもらいに回ったりしました。決して補助参加人だけの意思ではなく、前市長も上告そのものに深く関わっていたのです。

 いよいよ調査も大詰めとなりました。
 事実調査を更に進めるとともに、地方自治法、民事訴訟法等をしっかり勉強しながらまとめていきたいと思います。

Sh350012  委員会の合間のホッと一息の昼食は、谷保駅前のピアスのお弁当(610円)。本当に美味しく、丁寧に作ってあります。感謝!

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2008年10月 8日 (水)

九月議会レポートの編集作業をしました

 10月8日、夕方までの時間をかけて、九月議会レポートの編集作業をしました。
 私の議会レポートがどうやってできるのかお知らせします。

 以前、私のホームページとブログは、Mさんが管理してくださっているとブログに書いた事があります。
 そのMさんと、こぶしの木議会レポート編集長の元新聞部でもあるYさん、市民活動情報誌づくりに関わっていたSさん、封筒づめのエキスパートのTさん、イラスト描きや打ち合わせ・作業時にご飯を作ってくれるUさん、西・中地区の大半の地図が頭に入っていて、完成したレポートを郵便屋さんのように運んでくださる70代のスーパーウーマンのFさん等の、自然に(というか見かねて?!)できあがってきたプロジェクトチームの素晴らしいチームワークによって出来上がります。

 今回も、介護保険や住基ネットや財政等をテーマに、ブログ記事をたたき台にして、更に必要な情報を集め、まとめてパソコンにうちこんでいく作業を行いました。

 私自身はパソコンは苦手、手先は不器用coldsweats01。加えて、考えをまとめるのに時間がかかります。とにかく要領が悪く、世間が要求する「生産性」や「効率」からは明らかに程遠いところで生きてきたなあと思います。
 極端に言えば、だからこそ、そこから見えてくるものがあり、だからこそ得られたものがあると思うようになりました。
 その見えてきたものが私の公約となり、得られたものが、地域には素晴らしい人材がいること、その主体性を合わせるとスゴイものができるという事です。コミュニティーは本来そういうものなのだろうと思いました。

 議会レポートは11月1日にできあがる予定です。

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 夜は久しぶりに娘と『パコの魔法の絵本』を見に行きました。
 交通事故で両親を亡くし、その後遺症で記憶が一日分しかもたないパコと、苦労して社長になり重役会議で心臓発作をおこし、パコの入院している不思議な病院に入ってきた偏屈な老人オオヌキとの交流に、いじわるガマ王子の絵本が加わり、繰り広げられるハチャメチャファンタジーの世界に、弱さの自由性を見た思いがしました。

 近頃、妙にファンタジーの世界に強く関心を持ちはじめました。子どもの時の蘇り、再発見でしょうか。

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2008年10月 7日 (火)

決算委員会最終日

 10月7日、決算委員会の最終日でした。

【一般会計】
 一般会計については、自民党(3名、青木議員は監査委員でもあるので審議に入らないため、松嶋・石井・石塚の3名)、公明党(斎藤・中川・鈴木・小口の4名)、明誠会(関・大和・井上の3名)、つむぎの会(池田)、そして、私の12名が不認定(生方議長も除きますので全体で22名中過半数)で、不認定となりました。

 不認定の理由として全員に共通していましたのは、国立駅周辺まちづくりの基本計画策定委託(750万円)に財政フレームを盛り込まなかった事でした。

 昨年九月議会に補正予算として提案した際、関口市長自らが、具体的に数字をあげて実施計画的な実効力あるものとすると明言しておきながら、補正予算成立後、担当部と市長との協議で、議会へ報告することもなく方針を変更したのです。

 私は、提案された段階で、財政フレームを盛り込む担保がないとして否決していましたので、奇しくも自分の読みが当たった事になり非常に残念でした。

 総事業費210億円と言われる国立駅周辺まちづくりの基本計画に、それぞれの事業の中身と、それに伴う財政フレームを示すのは当たり前だと思います。
 資金のめどもつけず、予算だても考えないで家を建てようとする人って、よっぽどの金持ちぐらいしかいないだろうにとふと思いました。

 他に私が不認定の理由は、
 中学校の卒業記念品として、中学生向きの辞典を贈った事。
 「完全なミス」であるにもかかわらず、ミスを認めず、「不適切とのご指摘がありましたのでお詫びします」と、全くお詫びにならない言い訳を『国立の教育』に載せた事。

 そもそも記念品を選定する段階で、校長が見本を手にとって見たにもかかわらず、中学生向けか高校生向けかの違いが見抜けなかった訳ですが、校長は教科書選定作業の中心的立場にあり、これで教科書の選定ができるんだろうか?と非常に不安になりました。
 ある意味においては専門教科以外は、たとえ校長と言えども判らないもんなんだなあと判り、やはり教科書は実際に使う教員集団に最大の選定権限があるべきだろうと、元教員のはしくれにいた私としては思ってしまいました。

【特別会計】
 特別会計では、国民健康保険・介護保険・下水道事業の3件については、私のみが不認定でした。結果としては、受託水道事業・老人保健医療も含めて全て認定となりました。

 国保では、資格証明書23件を本人との面談等なく発行した事などを問題にし、また介護保険は、2億円以上も基金に積む事ができたのだから、来年度は値上げしない決断をと関口市長に提案しましたが、市長は「極力、値上げは抑えて」との当たり前の答弁に終始し、その姿勢は認められないと思いました。

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2008年10月 6日 (月)

決算委員会3日目

 10月6日は決算委員会3日目で、企画部関係、総務部関係、市民部関係の決算審議でした。
 私の持ち時間は10分だけで、以下のようなやりとりをしました。

【質問】
 庁議の公開について質問。様々な組織改正をおこない、行財政健全化プランでも、トップのマネージメント・部課長の権限を強めるとある。そうなるとその内部の意思決定過程の情報公開が必要である。
 国分寺市などは庁議は全言記録で公開されている。上原市長の時から言い続けているが、国立市も毎週の定例庁議は原則公開すべき。
【市長回答】
 庁議は公開の対象としてはふさわしくないと考える。
 annoy私の考え:公開されると本音の議論ができないという意味だろう。例えば、議会の過半数をとらなければ議案が通らないから議会対策をどうするか、など話せなくなるという意味かな?もうそんな時代ではないはず。「対話」を旨とする関口市長だが、市の重要課題に対して部長とどういう「対話」をしているのか、中身をちゃんと市民や議会や職員に明らかにして欲しい。今後も言い続けます。国分寺市の庁議も一度傍聴に行って見よう!

【質問】
 公契約(トータルで約650件、約15億円)に係わる指針(市の基本姿勢を明確にし、不当なダンピングなどを防ぐもの)が国立市にはないので、全国に先駆けて作ったお隣の国分寺市(調達に関する指針)の情報をとって検討をしたらどうか?

【質問】
 正職員(約450人)との人数の割合が2対1まできた嘱託員(この割合は三多摩で上から3番!)。その8割は女性。図書館司書や学校司書、学校事務や保育園、学童保育など、子どもの教育・福祉に関わる分野が多い。団塊世代の退職を控え、中心を担う世代が少なくなるので、嘱託から正職への道を開いたらどうか?
【回答】
 
(時間切れで関口市長は座ったまま叫びました)検討中!
 annoy私の考え:良い事はさっさと取り組んで欲しい!

【質問】
 農業振興に係わる決算が397万円では少ないのではないか。143戸しかない農家を支援し、商工会やまちづくり観光協会とも連携して、都市農業を守る施策が急務。
【回答】
 どういう事業に取り組むかが見えてきたところで予算をどうするかになるので~

 ─────────────
 個別事業については、総事業数が892件もあり、なかなか取り上げられませんので、政策に関わる意思決定過程の透明性と、外部委託が進む中、その在り方と、労働の非正規化に対しての問題提起をしました。

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2008年10月 5日 (日)

10月5日、昼は「まちの縁側」を考える集会に参加、夜は公利連に出席しました

 友人に誘われて、世田谷区千歳船橋で開かれた「まちの縁側は小さな公共空間パート2」延藤安弘さん講演会に参加しました。
 これは、NPOアビリティークラブたすけあい主催による、ACT住まい・居場所づくり助成スタート集会でもあり、生活クラブ生協の活動の一環でもあるので、少しきがひけながらも、講演者の延藤さんのまちづくりの考え方は面白いよという事でしたので参加した訳です。

 地域コミュニティーの再生として、自由な発想のもと、様々な居場所づくりがおこなわれています。
 今回誘ってくれた友人二人も谷保の有機農家の援農をしながら、そこでとれた美味しいニンニクのしょう油漬け等を朝市で売るとか、日だまり時間と称するご飯会等を開いています。

 かくいう私も議員になって10年、議員活動には絶対必要という訳ではないが事務所スペースをどうにか維持してきました。
 いつも、何らかのシンドサを抱えた人が集まり、ご飯を食べたり、ミニ勉強会をしたり、時には小さなライブを開いたり、紙芝居をやったり、スケッチ会をしたり、フリーマーケットをしたりしてきました。

 延藤さんは、縁側は“縁が輪”、感動を分かち合い、とらわれない絵本のような自由な心とシンドサも含めて楽しむ力と、おでんのような交じり合いが、活き活きした場をこしらえていくと言われました。ひとりひとりの主体性を大切にし、弱さをカバーしあいながらその場を育てていく事と話されました。

 我が事務所もまちの縁側のひとつなんだろうと再評価した次第です。

 ─────────────♯
 夜は雨の中、公民館の公民館利用者連絡会(公利連)に出ました。
 11月に私が入っている「市民の経済学を学ぶ会」で学習会を開きたく、公民館の部屋の予約調整をおこなう公利連に出たわけです。
 公利連は一館しかない公民館を市民みんなで分かち合って使うための市民の知恵でもあります。
 私が希望する11月29日午後は他の団体とダブる事なく無事に仮予約できました。

 今度開く学習会は、国立在住のエコノミストの山家悠紀夫さんをお招きして、この間のアメリカの世界恐慌かと言われる金融危機と、日本の中の解散総選挙などが、私たちの暮らしにどんな影響を及ぼすのか、お話しを伺うものです。
  11月29日(土曜)午後1時半~4時
  公民館、講座室
 詳しくは改めてご案内いたしますので、是非おこし下さい。

 次は、7日に公民館だよりに企画案内を掲載してもらいに行く予定です。これで無料で部屋を借りられ、全戸配分の公民館だより(11月5日発行)に案内を掲載させてもらえる事で皆さんにお知らせできます。もちろん公民館の学習会は無料原則ですから、お金がなくても今必要な学習ができます。
 これぞ学習権です。

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2008年10月 4日 (土)

『えほん日本国憲法』出版記念の集いに行きました

Sh350010  10月4日、三鷹市公会堂で開かれた、『えほん日本国憲法』出版記念の集いに行きました。
 会場は三鷹公会堂のカフェでしたが、大きなガラスの向こうに公園の木々が見え、「希望は憲法」と書かれた野村まり子さんの素敵な絵本と、休日の昼下がりのカフェがマッチして気持ちの良い集いでした。

 記念講演は、笹沼弘志さん(静岡大・憲法学)でした。
 野村まり子さんの『えほん日本国憲法』は、12歳から人権を学ぶための絵本という事ですが、記念講演の中で、笹沼さんは、過重労働や職場のセクハラや野宿の問題を取り上げ、“シンドクテシンドクテ、もう頑張れない”となった時に、耳もとで「そんなに頑張らなくてもいいんだよ」とささやいてくれるのが憲法であり、「憲法は友だち」と話されました。

 記念講演会の後の質疑も具体的で、「人権」とは何か考えさせられました。

【質問】
 私は途中から目が見えなくなりました。公の施設にはいろいろな配慮がありますが、自分の家から目的の場所まで行く間は大変困ります。一緒に行く仲間もなく、どうしたら良いかわかりません。
【応答】
 憲法にある人権は自由な社会の基本整備(道の整備など)も意味します。誰もが仲間に会いにいく権利を持っているのです。また誰もが中途から失明する可能性もあります。スタートラインの整備として、移動の自由の保障を考える事は大切です。まちのデザインについて考えるのは大変だが、これが民主主義、どういう社会を選択するかの問題で、ここに集まった皆で考える問題です。

【質問】
 何か計画を作る時、市は健常者からしか意見を聞かない。今日のような会に市の職員に来て聞いてもらいたかった。
【応答】
 健常者ばかりで作った計画には欠陥があると言えます。そこに対して裁判を起こす例がアメリカにはあります。例えば道路に穴があいてケガをして訴えるという例。また投票権の問題として、野宿・ネットカフェ難民など住所不定の人は住民票がないため投票できない。これは民主主義に照らして、貧乏人は選挙ができなくなる。そういう人の声が代表されない国会はそもそも欠陥がある訳です。全ての人の自由を保障する法律を作るには、全ての人の意見が反映されるべきと考えます(そうでなければ憲法に反すると解釈される)。かつて、女性には投票権がなかった例などがそうです。

【質問】
 自殺という自分を殺す権利は自由の中に入りますか?
【応答】
 憲法上の解釈には両方あります。
 自殺も自己決定の範囲であるという解釈と、自殺は取り返しのつかない自己決定であり人間の尊厳の問題から自己決定には制限があるという解釈です。
 脳死移植や体外受精など生命倫理の問題もあり、なかなか難しい問題です。
 自己決定が自己完結せず、他人に関わるところもある。私の範囲をどこまでと決めるのか。私という存在がそもそも社会的存在でもある点からも考える必要があります。

【質問】
 特別支援教育など、振り分けがはじまった。迷惑と自由の違いは?
【応答】
 例えば、野宿者にそこにいられると迷惑だと感じる人がいるとします。その人におすすめしますが、その場合、思いきって、その野宿者に「あなたにそこにいられる事は迷惑です」と話しかけてみる。そうすると「自分だってここにいたくているんじゃない」とかの答えが返ってきて、そこから何か生まれるかもしれません。

【質問】
 憲法には外国人も含まれますか?
【応答】
 基本的には外国人にも保障されると考えます。何故なら人権は憲法が作ったものではなく、もともと全ての人が持っているものだからです。順番が逆なのです。しかしそう言っても、裁判などで、解釈上でその様にとらえられない場合もあります。
 国際人権規約との関係で、移住労働者の権利など憲法が適用されない現状があります。適用されない場合は国際法を適用します。しかし、私は憲法は全ての人権を保障していると考えます。

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 以上長くなりましたが、夢中でメモしたものをまとめました。

 こんな話しを学校で職場で地域で学びあえたら、自殺3万人、孤老死、過労死等、徐々に減っていくのではないかと感じました。

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2008年10月 3日 (金)

決算委員会2日目

 10月3日、決算委員会の2日目でした。この日は、主に2007年度の歳入に対して審議を行ないました。

 2007年度の歳入は約250億円で、前年度より10%増えました。これは、減税がなくなった事などによるもので、税金を納める側からみると、2006年度より税負担は増えた事になります。

 その中で私が特に重要と考えるのが、2006年度から始まった65歳以上の方の老年者控除の廃止等による税収増です。これによる2007年度の税収増は、何と1億8千万円でした。
 この控除廃止=増税により、65歳以上で年金収入266万円(月22万円)の場合、単身世帯の負担は年間8,000円から128,600円になり、夫婦世帯は非課税であったものが年間74,100円も負担する事になりました。
 また、介護保険料も国保も上がり、今年からは後期高齢者医療保険も新たに加わりました。

 さらに、昨今の原油高で日用品の価格が上がっています。この65歳以上の方に対する「税制改革」が如何に暮らしを圧迫しているか、国の政策ですから、間もなくだろうと言われる国政選挙に期待するところです。一方、住民に一番近いところにある市は、まさしく血税の痛みを感じとり、せめて1億8千万円の一部でも高齢者福祉に還元するべきと意見しました。しかし、当局(永見企画部長)は、市全体のお金が足りないので、還元という方向では考えていないと答弁しました。

 関口市長は天井を向いて腕を組み、目をつぶっていました。
 私の持ち時間は10分しかなく、市長の見解を問えずに残念でした。

 永見企画部長は、以前は市民部長でまさしく徴税事業を管轄していましたし、その前は福祉部長として非常に力量を発揮し市民の信頼を集めた人です。
 その福祉の事も税の負担も充分わかっている人が、市全体の行財政管理の中枢である企画部長になるとものの見方が変わるのか(これは何と表現したら良いのか、ピッタリする言葉が見つからないのですが)、住民から遠くなったという印象を受けました。

 関口市長も含め、市民の痛みがわかり、市民の痛みに応える敏感な政策判断を求めます。

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 今回の決算委員会では、出された資料の訂正が後をたたず10数ヶ所に及び、ついに昨日は関口市長がその管理不行き届きの責任をとり自らを処分する旨の発言がありました。

 このようなミスの連発はこれまでにはなかったことで、部課長に疲弊感が漂い、その事の方が気になりました。この状況がどこからくるのか、打開のためには何が必要なのか、人はどうしたらいいきいきと自分の能力をいかし、フォローしあって最大の成果をあげる事ができるのか、そのための条件は何なのか、それに照らし合わせて現状はどうなのか、など、根本的なところから見直す事が不可欠ではないかと感じました。

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2008年10月 2日 (木)

財政健全化法では問題ない国立市

 10月2日は決算委員会の初日でした。

 夕張市の財政破綻を受け、「自治体財政健全化法」が制定され、「実質赤字比率」、第三セクターや国保・下水道などの特別会計まで含めた「連結実質赤字比率」、「実質公債費比率」、「将来負担比率」の4つの指標が示され、それぞれにイエローゾーン、レッドゾーンの基準値が示されました。
 2007年度決算からの義務づけとなり、夕張市など3自治体がレッドゾーンである財政破綻団体の数値だったと報道されました。

 国立市でも4つの指標の数値が示されましたが、イエローゾーンにも程遠い数値でした。

 新法により、監査機能の強化と議会の行政監視機能の強化と、住民へのわかりやすい情報の提供が必要になりました。
 そのための正確な資料を作成する事が行政の仕事になった訳です。

 多治見市は財政健全に関する独自の条例を住民の意見を聞いて作りました。その中で、条例を総合計画を着実に実行していくための財政健全であると位置付けています。そのために、市独自の指標を定め、予算や実施計画などの住民への情報公開をきめ細かく決めています。非常事態の基準も定めています。

 国立市は2004年度予算編成時に突然、8億円足りないと市報で財政ピンチ宣言を出しました。そのピンチ宣言は解除されないまま今日にいたり、来年度に向けては10億円足りないと言っています。
 にもかかわらず、(財源手当てが立たないためか)金額が示されないまま、実施計画には、駅周辺のまちづくり、学校・庁舎などの耐震工事、城山南区画整理など、いくつもの事業をやる事になっています。

 自治体は民間企業とは違うので、採算がとれなくても、耐震工事などの命に係わる事業や、暮らし・福祉に関する事業は手を抜く訳にはいきません。
 私は、財政健全化法上は問題ないのに、10億円足りないというのなら、決算委員会の報告で、今後の実施計画にある事業のそれぞれの総事業費を明らかにし、財源まで示す事と意見し、危機感だけあおるやり方は問題と強く指摘しました。

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2008年10月 1日 (水)

第5回ふれあいコンサート実行委員会に参加

 10月1日、第5回ふれあいコンサート(11月20日開催予定)実行委員会に参加しました。

 2004年1月、突然財政ピンチ宣言が出され、いくつかの事業の廃止が示されました。その中にふれあい牛乳事業も含まれていました。この事に対して、存続を求める陳情が出され、議会で賛成多数で可決され存続される事になりました。
 その存続を記念して、陳情を出された「高齢者福祉を考える会」の代表であり、声楽家の遠藤喜美子さんが、高齢者のためのふれあいコンサートを開かれたのが始まりです。

 当初から商工会はじめ多くの団体・個人の賛同により無料で開かれ、ヤクルト研究所からはヤクルトが、地元のコミュニティーカフェはコーヒーや手作りクッキーを提供し、コンサート終了後はロビーで多くの方々が懇談されています。
 舞台では毎年地域で暮らす音楽家の方々が趣旨に賛同し、演奏してくださっています。

 秋の一日、みんなの手によるコンサートで、本物の音楽を楽しみ、そして、おいしいコーヒーとクッキーと歓談。その小さな時間がつくり手も参加者も幸せにするんだなあと感じます。
 昨年頃から、80歳になる遠藤喜美子さんのソプラノの素敵な歌声に元気をもらい、来年も来れるように自分も元気でいたいと希望を感想に書かれる方が目につくようになりました。

 初回からお手伝いしてきて「ふれあい」の中身を実感できてきたと思っています。

【ふれあい牛乳事業とは】
 75歳以上の一人ぐらしの方の希望者に週3回牛乳・ヨーグルト等が安否確認を兼ねて配達される。次の配達時、もし牛乳が残っていれば、牛乳屋さんから市役所に連絡がいき、市が対応するという制度。

 現在、市内、大学通りの内山牛乳店、東の北澤牛乳店、富士見台の下田牛乳店の3つの牛乳店が約600人に配達。人気の高い事業である。

 かっては5店舗あった牛乳店さん自体も減少している。個人商店の問題も含まれており、地域のコミュニティーのためにも個人商店を守る施策が必要と感じる。他の自治体ではゴミの回収等もある。通院・買い物等での移動手段の確保、食事面でのフォロー等、一人ぐらしの高齢者を支える施策の必要性を感じる。

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