10月9日、午前10時~午後17時まで、明和マンション裁判調査特別委員会でした。
7日の決算特別委員会の終了後に開かれた明和マンション裁判調査特別委員会懇談会(次の委員会に向けての準備のために開いています)で、今後のスケジュールについて、年内に調査を終え、来年1月~2月で調査報告書をまとめ、三月議会に提出する事を決めました。
その期限の根拠のひとつとして、住民監査請求の請求期限が、支払い日(本年3月27日、市は明和に賠償金プラス遅延損害金約3,100万円を支払いました)から1年間と決められているので、それをめどに出したいと考えた訳です。
報告書の分担も決め、私は、明誠会の井上議員と共に、「遅延損害金を公金で支払う法的根拠」を担当する事になりました。
私は、支払い提案が出された三月議会の時点から、2007年1月5日以降の遅延損害金に公金を支出するのは間違っていると主張し続けています。
2006年12月27日の臨時議会で、賛成少数により議会は上告を否決しました。この否決が市長の合点のいかない結果であったにせよ、自治法上、市は上告できなくなりました。
上告しないという議決結果を受け、市としては一刻も早く払いたい訳ですが(毎日3,000円の遅延損害金が発生します)、年末年始が重なったため、年明けの1月4日に、1月5日に支払う旨の決裁を済ませました。委員会では資料として、市長印の押された決裁書が提出されました(行政事務のほとんどは、事務決裁規定に沿って行なわなければなりません)。
ところが1月4日、補助参加人が上告し、その事が新聞報道によりわかったため、5日の支払いをストップしたとの事です。
しかし、1月4日の決裁を白紙にする決裁を文書で行なったのかとの疑問がわきました。
決裁を不履行にするための事務手続きをきちんとやったのかと質問したところ、現総務部長は、「本来は不履行の場合はその理由を記した文書等を貼りつけるが、この場合は口頭により中止されたように思う」との答弁でした。次回までに事実を調べ報告してもらう事にしました。
白紙に戻す決裁行為をせずに口頭だけでストップしてよいはずはなく、事実だとすれば明らかな手続き違反です。
一連の本件裁判は、中身の解釈は別問題として法的には、明和に市及び市長が訴えられた2002年2月14日~2007年1月5日までと、2007年1月6日~2008年3月27日までとに分けられると私は考えます。
前半は自治法92条に沿って議会での議決を踏まえた行為がなされていましたので、自治法上も民事訴訟法上も問題はないと考えます(もちろん法的には問題なしでも、結果として2,500万円を明和に支払わなければならなくなった市長の政治責任をどう見るかはあります。これも今回の調査特別委員会のテーマのひとつです)。
しかし後半、1月6日以降は、議会議決に反する上告となった訳ですから、地方自治法による根拠がなくなり、それ以前とは全く質の違うものになったと私は考えます。
2007年1月6日以降は、5名の補助参加人と前市長とで、市長の権限として取下げなかった訳で、これは前市長の政治責任において決定されたことです。従って、結果として発生した遅延損害金約160万円(1月6日以降前市長就任期間)は、前市長の責任で支払われるべきです。
その意味で現市長は、自らの就任期間に取下げなかった政治責任として、副市長共ども、2ヶ月に亘って約116万円の報酬を減額しました。
更に本調査特別委員会で明らかになったことがあります。
2007年1月3日、5名の補助参加人は市長の取下げないという意思を確認するため市長を招き、その事に感謝した前市長は、その場にいなかった方の上告の印鑑を押してもらいに回ったりしました。決して補助参加人だけの意思ではなく、前市長も上告そのものに深く関わっていたのです。
いよいよ調査も大詰めとなりました。
事実調査を更に進めるとともに、地方自治法、民事訴訟法等をしっかり勉強しながらまとめていきたいと思います。
委員会の合間のホッと一息の昼食は、谷保駅前のピアスのお弁当(610円)。本当に美味しく、丁寧に作ってあります。感謝!
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