2010年6月12日 (土)

音楽でつながる

 本日午後、さくら通り市役所側の交差点にある田園工房をお借りして、中国帰国者1世・2世3名によるサックス・ギター・笛の音楽グループ「曙光」の無料コンサートを企画しました。

 皆さん、日本語はまだ難しく、二世で市の中国帰国者相談支援員でもある李さんが通訳しながら進行しました。これでは、仕事や病院等で本当に困っていらっしゃる事だろうと思いました。

 サックスの佐久間さんは3歳の時敗戦になり、中国人の夫婦に預けられ、1989年に日本に帰ってきました。中国にいた時に職場のサークルでサックスを吹いていたそうですが、日本に来て20年、サックスを吹く事も忘れるほど、日本の暮らしの大変さに追われていたそうです。
 ようやく昨年度から地域活動支援事業が始まり、集まって音楽活動する事も可能になり、中国で17歳からギターを教えていたという二世の柳さんや、歌と笛のセミプロであった二世の鄭さんとグループをつくり音楽活動を始められました。

 たくさんの曲と歌を演奏していただきましたが、特に『里の秋』は中国でも歌われているとの事で、中国語と日本語でみんなで歌いました。ふとみなさんの心にはどんな風景が浮かぶのだろうかと思い、皆さんのご苦労を思い胸が熱くなりました。

 くにたち派遣村の皆さんも聞きに来てくれ、交流タイムで紹介すると中国帰国者の方々から拍手がわきました。初めての出会いにもかかわらず、互いのシンドサが伝わり、暖かな交流ができました。おいしいパオズや煮たまごの差し入れもあり、音楽だけではなく食も中国を味わいました。

 勉強会も良いけれど、音楽でつながるってダイレクトに心に響きあうから良いなあと思いました。

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2008年12月 6日 (土)

「忘れてはいけない」事があると感じた日です

【11時~1時】
 被爆者の会「桜会」さんの定例会に伺いました(福祉会館)。
 今回は、大沼事務局長から社会福祉協議会についてのお話しを聞く勉強会があり、その後、昼食をとりながら懇談となりました。

 懸案は、昨年12月の議会陳情以降、皆さんの貴重な被爆体験を語り継ぎたいと教育委員会に要望したが、校長会で忙しいという理由で断られたとの事、何とか来年度は実現できないだろうかというものでした。
 長崎生まれの私としては、毎年8月9日には登校日となり、黙祷をし、平和教育として原爆の話しを聞いてきたので、「忙しくてできない」という校長と教育委員会の感覚にあきれました。議会で指摘する事をお約束しました。

 年に2回の桜会さんの例会ですが、伺うとやはり故郷の空気がします。何だか郷愁というものがわかる年になってきたと思いました。

【1時~3時】
 中国帰国者問題の課題について、鈴木則子さんのお話しを聞く会に参加しました(市役所)。
 民生委員の方々等も参加されていましたが、大半は帰国者の方々で、ほとんど日本語がわかりません。二世で今、市役所で生活支援相談員をしているリさんが、小さな声で通訳していました。
 鈴木則子さんは、「自分達の存在は何であったのか?国に従い、開拓団となり、敗戦も知らされず、国に棄てられ、大半が殺された。なぜなのか。その事を問うために裁判をした」と話され、私は、その前の被爆者の会の皆さんの話しと重なると思いました。
 「この世に正しいと言われる戦争はない」──平和都市宣言の真実性を実感しました。
 忘れてはいけない証言だと思いました。

Sh350042  その後、泉団地の自治会長の久保田さんが急性心不全でお亡くなりになり、そのお別れ会が南プラザで開かれましたので、一目でも、お別れをしたいとかけつけました。
 近くに買い物するところもなく、交通も不便地域である泉団地の窮状を訴え、改善を求めて市役所に頻繁にいらしていたお姿が浮かびます。
 音楽家として幅広い活動をされている娘さんの久保田智子さんの思いもあってか、「マイウェイ」「知床旅情」等の音楽とたくさんの花に包まれた会場の中にはギッシリの人達が集まっていました。帰りには、偲んで下さいとバラの花をいただきました。
 帰り道、久保田さんの思いを議会全員で無にしないように取り組まないといけないと思いながら、城山を通り、写真をとりました。「いのち」を思い、私もこんな風に自分の生を生ききりたいと思いました。

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2008年12月 2日 (火)

二世による中国帰国者相談支援に希望を抱きつつ、関口市長が今後やろうとしている行政改革にガックリ

 本日は議会定例会休会日です。

 午後、市役所にて、中国帰国者の二世で支援相談員のリさんに現状について伺いました。
 「今日午前中はどんな相談がありましたか?」と質問しました。
 すると、
 *一世にあたる方の手術の相談
 *三世にあたる赤ちゃんの病院の相談
 *二世の方の就労や、生活保護や病気の相談
 *引っ越しに伴う三世にあたる子どもの小学校の学区の問題
 *一世の方のシルバーパスの申請について
など、いくつも出てきました。どれも、リさんは同行し、通訳もしています。

 体調が悪いのと言葉の壁で中々家から出ない一世の方を訪問したいのだけど、「国分寺市では認められているが、国立市ではどうなるか?」という事でした。これから寒くなるので、是非家庭訪問をやって下さいと私からも勧めました。今度の課長は中国帰国者問題については本などでよく勉強されており理解があり、助かるとの話しも出て、当事者だからこそできる「親身になった」支援相談の実例をみました。

 その後、介護保険課長より、今回の市長の「財政健全方策」及び行政経営方針に基づき、65歳以上の高齢者で買い物や家事が困難な方に対するお弁当の配達サービスの自己負担を、現状の300円から400円に引き上げようとしている事を聞き、暗澹たる気持ちになりました。企画部からは、他市並みの600円にと言われ、それはほぼ毎日利用する人には無理という担当の結論で、100円値上げの案に落ち着いたとの経過説明に、食べものは生きる事に直結するのに、とんでもないと思いました。一般質問で取り上げます。

 夜は事務所で、アートセラピストの、ちよさんの「アートカフェ」を開きました。テーマは「5年後の私のビジョン」で、いろんな雑誌等を切り貼りするコラージュというやり方で作品を仕上げました。とっても楽しかったです。

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2008年11月19日 (水)

本日も忙しい一日でした

 11時30分~13時
 中国帰国者の支援事業について国分寺市議の亀倉さんと中国帰国者の会の方々と相談しました(西国分寺にて)。

 13時30分~14時30分
 部落人権フォーラムに参加(国立市役所3階会議室)。

 15時~16時
 精神しょうがいしゃ福祉ワーキンググループを傍聴(総合体育館会議室)。テーマは部屋を借りる際の公的保証人制度の必要性について。

 16時30分~17時30分
 明日のふれあいコンサートの準備。

 19時30分~21時
 国保運営協議会、学習会。
 保険料の長期滞納により事実上保険が使えず、窓口10割負担の資格証明書発行が19人とのこと。
 私は個別事情をちゃんと把握できない時は資格証明書は出すべきではないと考えますが、委員の中にはこれだけ何度も督促状を出しているのだから、資格証明書はやむを得ないとの意見の方もいて、その中には医師会の方も入っていて、何だかショックでした。

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2008年11月 4日 (火)

木枯らし一番で風邪ひいて、でも夜は中国帰国者の会さんとの打ち合わせ

 11月4日、連休明けでやるべき仕事があったのに、風邪っぽいだるさ、微熱でついにダウンしてしまいました。活動開始せねば!と頭で思っていても、体はベッドに張り付いて、起き上がれず、催眠術にかかったように寝込んでしまいました。完全なるノックダウンです。こういう日が、時々あります。
 エンストであり、電池切れみたいだなあと思います。

 夕方、充電完了というかのように、すきっと目覚め、体が動き出します。
 近頃では、自分でも不思議に思うこの「電池切れ」現象に、サボったような後ろめたさを感じながらも、もしかするとこのおかげで、心身の致命的なダメージから救われているのかも知れないなあと考えるようになりました。

 リセットされた気分で、夜は、中国帰国者の方々の支援事業(新支援法に基づく)についての相談のため、国分寺市議の亀倉順子さん宅に伺いました。
 中国帰国者の方々の支援については、国分寺市と協同でおこなえると、やれる範囲が広くなります。
 亀倉順子さんは私の尊敬する議員さんでもあり、行政への向かい方、他の議員との関係の作り方、市民運動との連携など、今回一緒に動く事ができ大変勉強になっています。
 中国帰国者の方々も含めての今後に向けて必要な支援事業の整理が終わったのが、夜中の1時。最終の電車で国立に戻ってきました。

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