2009年11月25日 (水)

市民の活動に希望が見え、厳しい時代のまちづくりの芽が見える話し

 昨日は臨時議会の報告をお伝えしましたが、この間、様々な市民の活動に参加して感じた事を報告します。

19日
 「第6回ふれあいコンサート」を手伝いました。
 当日は雨にもかかわらず300人以上の高齢者の方々が来られました。
 参加された方々の声を二つ紹介します。

 ──「後期高齢者となり、保険の内容がかわり、とても不安な毎日を過ごしております。でも一日おきの牛乳とこのコンサートにより元気をもらい、皆様方の輪の中にいられる感じがします」

 ──「84歳、転んで胸を骨折してから遠方外出ができないようになり、市内での催し物は大変ありがたいです」

 平日の昼さがり、近くで無料で本物の音楽を楽しめる……。市民芸術小ホールの本来的目的はここにあるのではないかと思います。

 個人的には、主催者で80歳を過ぎた遠藤喜美子さんが歌う『初恋』と、同じく高齢の宮下さんのバイオリンによるタンゴに感動しました。
 その世代は青春時代にダンスホールでタンゴを踊っていたそうで、一緒にスタッフをやっていた70代のFさんは「踊りたくなる」と言ってました。タンゴを聞いて、ロビーでコーヒー飲んで、おしゃべりして、よきひとときを提供できた事を幸せに感じました。

21日
Sh3500070001  午前中は、谷保の不耕作地200坪を借りて、若者と畑を始めた友人の種まきに参加しました。
 何回かブログで紹介していますが、「野の暮らし(やぼ)」という名前で活動している彼女達の活動はまさしく今日的です。
 畑で有機農業をやり、畑に隣接する小さな公園の協力隊となり、畑とつなげて遊び場づくりや、更に畑と公園に隣接する家を借りて、食を中心にすえた音楽や様々な活動を子ども達や若者とつくっていくとの事。
 新たなコミュニティー福祉のモデルとなると思い、注目しています。
 本日はスナックエンドウの種を植え、麦の種をまきました。

Sh350008  午後からは公民館で開かれた、『二人のジャーナリストが語るアジア(ビルマ・チベット)』のスライド・トーク企画に参加しました。
 17日から写真展をおこなっていたのですが、多くの市民の来場がありました。

 トークの中で、ビルマの軍事政権、チベットの中国軍など、いかに軍隊が恐ろしいかが話されました。その軍隊のモデルが旧日本軍である事を聞いて、胸が痛みました。

 ビルマの美しい緑やチベットの美しい高原風景と対比的な軍隊の迫害に苦しむ少数民族、そして増えつづける難民。

 その中で、多様性を認める事を訴え続けるビルマのアウンサンスーチーさんと、個の確立を求めるチベットのダライラマ、二人のノーベル平和賞受賞者の写真。

 傍観者でいてはならないと訴える山本宗輔さん、野田雅也さんの言葉に、いのちがけで写真を撮り、真実を伝えようとするフォトジャーナリストの真髄を見た思いでした。

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2009年10月12日 (月)

哲学の秋です

 11日から一泊で長野県八ヶ岳麓の林の中で暮らしている川田えつこさん(元衆議院議員)のお宅に、国立市民でえつこさん達と人権アクティビストの会活動をされていた方と伺いました。

 先日の台風の影響で落ちた枝を拾い、大きな枝は冬用の薪に、細い枝は集めて燃やす手伝いをしました。
 「美しい森にしたいの」と話すえつこさん。
 柔らかな土、小さなせせらぎには小さなかわいい蛙が泳ぎ、色づき始めた木々、秋風の爽やかさ、澄み切った空気、落ちた枝の上を歩く度にポキポキと枝が折れる音の心良さ、焚き火の煙り、恐れることなく目の前に止まるたくさんの赤トンボたち。
 鹿も来るため、鹿は食べないからと植られた庭一面のハーブ畑から摘んだレモンバームのハーブティーのおいしかった事。
 夜は、血友病の親の会や薬害エイズ訴訟の話しを、語りべの語りを聞くように聞き入り、寝る前に見た満天の星と暗黒の森に自然への「畏敬」を感じました。
 『西の魔女が死んだ』のお話しの世界に入りこんだ様な気持ちがしました。
 五感で味わった「いのち」の重さを、これからの「人権施策」へ活かし、伝えていきたいと思いました。
 こういう、セカンドライフや歴史の伝え方もあるのだなあと実感しました。

 思いがけず、人は何のために生きるのか、自分の哲学を耕すための大切な時間をもてました。
 要領が悪くテキパキと仕事を片付けられない私は、自分の足元の暮らしに反省すること頻りなのですが、同行されたSさんは、「息抜きも大切!たまった疲れを自覚する事も必要よ」と誘い出してくださったのです。本当にありがとうございました。

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 おまけの話しですが……。
 先日、32年ぶりに大学時代の先輩に会いました。すっかり忘れていましたが、先輩が卒業の時に何人かで「一仕事終わって、次の人生への準備に入る55歳になる頃にまた会おう!」と約束して別れたそうで、その時に私もいて、その約束の輪に入っていたとの事でした。
 何と、32年ぶりに出会った先輩は、「表彰状」を渡してくれました。その表彰状には、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、この日にたどりつかれました。あなたこその軌跡に対し表彰します」と書いてありました。
 名誉や業績ではなく、生きた事そのものを誰もが表彰されて良いのだと思いました。

 その先輩から、青春の次に朱夏があり、白秋があり、黒冬が来ると教えてもらいました。
 「あなたはまだ朱夏で、夢中でやらなければならない役目がたくさんあります。市議会のインターネット中継を見てそう感じました。私は来年、会社を退職します。白秋に入ります。職場や家族のために働いた暮らしから、自分のためにどう生きたいかを考える時期に入りました。長崎に帰り、地域とつながり、時にはテーマをもっての上映会を友人達ともち、美味しい酒を飲む、そんな暮らしをしたいですね。いつか、あなたもいらっしゃっいね」と話す先輩に、55歳~60歳って、実はとても重要な人生の節目なのだと思いました。

 ちなみに、10月23日で私は54歳になります。
 記念すべきその日に、臨時議会が招集されました。誕生日と議会が重なる事は初めてです。まさしく、私にとっては一期一会の議会!
 まだ開けないと言ってる議員も多いとか。市長だけではなく、私からも呼びかけます。
 「とにかく、議場で議論しようよ。私たちは、そのために議員にさせてもらったのだから。今回何がそんなに問題なのか、議場で明らかにしようよ。そして、通すべき生活保護特別対策や国の緊急対策等はちゃんと通そう!生きた議論をやろうよ」と。

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2009年7月12日 (日)

都議選結果に思う

 本日は都議選でした。結果は、民主党圧勝で、都議会は自民・公明で61議席、その他66議席と、石原都政に待ったをかけられる様になりました。

 都議選には無縁の私も、一有権者として「変わる」事を期待して、「民主党」に一票を投じました。

 国立・国分寺では、自民党が破れ、共闘した民主党と生活者ネットワークが当選しました。共に新人です。甲州街道歩道問題など、多いに頑張ってもらいたいと思います。

 杉並の無所属の福士敬子さんも当選しました。127議席中、純粋無所属は彼女一人です。非常に貴重な議席となりました。

 これで、国政も政権交代に一歩近づき、自民党にもお灸がすえられる、と一瞬喜びましたが、どうもすっきりしないのです。

 両手をあげてではなく、片手を少しあげてぐらいにしか、喜べていない事に気づきました。

 こうやって、限りなく2大政党化していく(しかも保守派と中間派で)というのは、ちょっとマズイのではないかと。
 公明党だけは着実にのばしていますが、他の無所属を含む、社民党(0)や共産党(13→8)などが減っていく事につながり、ますます国会に近くなるなあという複雑な思いです。

 社民党のような「左派」勢力が消えていく事は、労働者側の声が政治に反映できにくくなりはしまいか、いやもしかすると「労働者である」という意識すら薄らいでしまったのか、等など、民主党圧勝の影の部分を既に探る自分がいます。

 13・14日は国立駅周辺まちづくり基本計画案についての全員協議会です。選挙の余韻の他の議員の中で、一人テンションが低いままはマズイ、気合いを入れて、マイペースで臨みます。

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2009年5月27日 (水)

「私は私にできる事をするだけです」(『ハチドリの一滴』)の言葉が胸にしみた日です。

 5月26日~27日、長野県原村に住む、元参議院議員で薬害エイズ国賠訴訟原告だった川田えつこさんを訪ねました。
 川田えつこさん・川田龍平さん親子が立ち上げた「人権アクティビストの会」で共に活動されていた国立にお住まいのご夫婦とご一緒です。

 川田えつこさんの家は林の中に建つ木造りの家です。地下水を井戸で汲み上げ、合併浄化槽で還元し、周りの木を集めてストーブで燃やし、畑で野菜を作り、花を育てながらのエコライフをされていました。夏は冬の準備、冬は夏に向けての準備と、毎日やる事があるとの事で、せめて地球の事を考え、自分にやれる事をしているとの話しを自然の中で聞くと、人間の暮らしとは本来はそういうものなのだと素直に感じられました。

 また、一緒に行ったSさんが、痛めていた左膝を時間をかけてマッサージ治療してくださり、粘土の様にむくんで固まっていた足の腫れがみるみる内にひいていきました。

 朝、小鳥の声で目をさまし、えつこさんの好きな『ハチドリの一滴』の歌を聞きました。

 森が山火事になって燃え始めた時、一羽のハチドリが小さなくちばしで水を一滴ずつ運び落としています。そんな事をしても、消せやしないと他の鳥に言われた時、ハチドリは、「私は、私にできる事をやるだけです」と言ったという詩に曲をつけたものです。

 この言葉を胸におさめて、六月議会にのぞみたいと思いました。

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2009年5月13日 (水)

議会レポート配布中に思う事

 連休が明けてから、6000枚の議会レポートを戸別配布しています。と言っても、私一人で出来ることではなく、何人かの市民の方々の、「支援」をはるかに超えた「力」(主権力)を得ながらです。
 議会の問題を市民に知らせるのは議員の責務であり、まちの政治は自らの手で切り拓くのだという姿勢がひしひしと伝わってきます。
 当の私よりはるかに強い草の根の力であると感じます。

 「公人」としての「革新無所属・一人会派・上村和子」という「国立市議会議員」は、この市民力と、投票して下さった方々の市民力との集合体として議席を得、発言権を獲得していること。社会的に困難な状況を抱え生きる人達から原動力を学びとりながら、誰もが生きる権利がある事を主張し続ける議員であるべきこと。
 こういったことを、「私人」としては生来超マイペースで怠け者の私は、改めて認識させられます。

 本日は一日戸別配布と決めていたせいか、じっくり、ゆっくりまちを歩いたという満足感がありました。
 市役所の健康福祉部の相談室が、警察の取り調べ室の様に狭く、暑く、息苦しいのでどうにかしてほしい、とのご意見を車イスの方からいただいたり、バッタリ公立保育園の保護者の方に出会って話しこんだり、高齢のご婦人から市役所から西に帰るのに交通の便が本当に悪いと訴えられたり、アートなトイレを作っている人に出会って話しかけたり、PTAの時の仲間に会って、介護の話しに時の経過を感じたり、そうこうしているうちに時間をかけてもあまりポスティングはできてないことに気づき、本当に効率悪いなあ、道草ばっかりだったかなあと反省もありましたが、実り多い豊かな時間を過ごせた様な気持ちです。

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2009年4月 9日 (木)

桜吹雪の中で、友人讃歌!

 満開の桜が散る時を迎え、花吹雪が舞いはじめた。

 一昨日(7日)の午後、国立から府中に引っ越したPTA時代の友人と会う。
 府中の彼女の新居そばの米軍基地跡地に、国立衛生研究所が移転してくる事になり、そこで細菌研究もするとの事で、住民による反対運動が起きているが、引っ越して間もないにもかかわらず彼女はその中心的存在になっている。

 何も知らないで引っ越した所で「トンデモナイコト」が起きている事を知ってから、周りに知らせなくっちゃとか、もっと情報公開してもらわなくてはと、幾度となく住民説明会を求め、実現してきた。陳情も含めこれらの市民の動きに応えるかたちで議会も市長も動きはじめている。
 国が、地方自治体に国の施設を建設する時には最低でも住民の合意は不可欠だろう。

 昔から感性の良さと勉強熱心と、頑張り屋のところには脱帽していたが、新しいところであっという間につながった、その住民運動の仲間づくりの確かさには恐れいった。

 夕方は、宮城晴美さんの講演会をおこなった「基地にNO!アジア・女たちの会」のメンバー(といっても3人)で会う。
 その内の一人はひとり出版社を続けている梨の木舎の羽田ゆみ子さんだが、二人とも、仕事に運動にとパワフルに動き回っている人たちだ。しかし、その忙しさを感じさせない。おしゃれだし、話している中身は濃いのに優雅にすら見える。やりたい事とやらねばならない事とが一致しているのだろう。いかにも「私はやってます!」のバリバリ感がないのが好きだ。

 沖縄高江に座り込んでいる住民が国から訴えられた裁判のDVDを私の事務所でみて、防衛省に取り下げの要請書をまた持っていく事にした。

 夜は、友人のピアニストとマリンバ奏者と久しぶりに会う。
 彼女達は、その高い音楽性をもって、コンサートだけではなく、地域でこども達や高齢者の方々やしょうがいのある方々への音楽活動を続けている人たちだ。

 一日を振り返り、素晴らしい友人達との出会いに感謝した。

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2009年4月 7日 (火)

花は咲けども、心は痛むその訳は

 本日も満開の桜。

 昨日来、新聞、テレビでは、大本営ばりの「北朝鮮からミサイル発射」の報道ばかりで、嫌になる。テレビを見ながら、「通信衛星じゃないの~」と噛み付く。隣りの息子に、「『北朝鮮は通信衛星と言ってるが、日本はミサイルだと思っているもの』と、正しく言ってもらいたいよね~」とつぶやく。

 画面では、イージス艦だの、沖縄からは米軍のパトリオット戦闘機が写る。沖縄では大丈夫なのか?
 また、私の友人の子ども達が通う、朝鮮学校のこども達の登下校は大丈夫なのかが気にかかる。前回の時は、電車で日本人から殴られた子どもがいた。

 風評もコワイ。何が真実なのか、報道を鵜呑みにせず、自分の頭で考える事が大切だ。

 昨日のブログの続きで近況報告です。

 4月3日
 社会的事業所「ややこし家(や)」さんの入社式に参加。
 汽車ポッポ公園に面するややこし家さんには市内一素敵なユニバーサルデザインの市民トイレがある。公園の親子連れは助かるだろう。
 この日は桜の下で、餅つきをし、赤飯をたいて、ご近所の谷保の市場から、鶏唐揚げや餃子、ぎゅうすじ煮込みなど並べ、今年武蔵台特別支援学校を卒業したYさん等、2人の入社を祝う。
 帰りに北海道のジャガ芋と、高知のごっくん馬路村と、大阪のピースクラブのスコーンを買う。

 その帰り、谷保駅北口の線路沿いにあるくじら雲が開いた「たまり場・そら(宙)」に寄る。
 ここも、リサイクルショップと喫茶とパソコン教室等する予定。店の顔のあべさんの人柄は天下一品で、以前、社協の自立促進センター職員でもあり、今後の活動が楽しみである。ここでは、リサイクルのCDを3枚と手作りのバックを買う。

 4月5日
 午後、芸術小ホールで開かれた、ラトルスネークアーニーさんのさくらコンサートを聞きに行く。
 ネイティブアメリカンの血を引くラトルさんの歌声は胸にしみ、思わず涙ぐみそうになる。『テネシーワルツ』、『朝日のあたる家』、『リリーマルレーン』、『サマータイム』、『スタンドバイミー』等など、カントリー調の歌声は素晴らしかった。
 来年も是非行きたい。

Sh350085  夜、事務所でコラージュをやる。
 議会が終わり、やはりたまったストレスを出し、本来の元気を回復したかったのだろう。好きな大木の写真や、海のクジラの写真や大きな花を貼って遊ぶ。
 終わったら、スッキリしていた(写真)

 その後、夜中2時まで、議会が出す議会便りの原稿書き。

 4月6日
 多摩障害者スポーツセンターでの国立市しょうがい者団体等連絡協議会に参加。
 4月22日に議員有志で行う、甲州街道の歩道の狭さの実地調査の協力を依頼。議員は実際に車椅子に乗ったり、押したりして調査することにした。

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2009年4月 6日 (月)

桜が満開となりました。

P4063525  「花に嵐」、「花冷え」の言葉通り、花には試練の様な状況の中で、満開に咲き、雨にも風にも寒さにも負けず、しっかり枝から離れず、そして、自らの内から育まれてくる若葉の芽吹きによって散っていく、その生命力に感動します(写真は国立駅下りホームからの眺めです)。

 さてこの間のご報告です。

 3月28日
 沖縄から歴史研究者の宮城晴美さんをお招きして「母の遺したもの~沖縄・座間味島『集団自決』の証言~」の学習会を開きました(国分寺市本多公民館)。

 3月30日
 立川クレストホテルで議員・理事者による退職者の送別会が開かれました。
 議会事務局長の生沼さん、社会福祉協議会に出向していた大沼さん、福祉部参事の奥村さん、都市振興部長の田辺さんの4人が退職されました。

 3月31日
 「高齢者福祉を考える会」の遠藤喜美子さん達と、ふれあいコンサートの事や今年の活動についての懇談を兼ね、「夏の家」で昼食会がありました。昔の家を活かした素敵なお店でした。
 午後は、先輩の井上スズさん宅に議会の報告にいき、歓談し、昼食会から連続して、80代のパワーに元気をいただきました。
 夜は一歩ハウスの泊まりサポートでした。

 4月1日
 午後から中野区議の武藤有子さん、国分寺市議の亀倉順子さんと、参議院議員川田龍平さんを訪問し、懇談しました。国会議員と地域をいかにつなぐかが今後の課題だと思いました。

 夜は事務所にて、久しぶりの「こぶしの木倶楽部」を開きました。
 今回は石川節子さんに「失われた子ども観」をテーマにお話しを伺いました。
 石川節子さんは長年、小学校保健室の養護教諭をされていました。
 国立でも六小等で、性教育やこども達の心の声に耳を傾けながら勤務をされました。が、こども達や教員への管理強化の中で、定年を待たずに退職されました。
 以後は新宿山吹高校、不登校のこども達の居場所である東京シューレの養護教諭を勤められましたが、体調を崩され昨年辞められ、今は国立で保護司をなさっておられます。
 石川さんは、こどもが五感をフルに使うこども時代を送れていない事の問題を指摘されました。

 4月2日
 都心から長野県原村に移り、自然の中で野菜をつくり暮らしている私が尊敬する方と、在日コリアンの友人と3人で会いました。
 60歳を過ぎていかに生きるか、高齢期からの女性の生き方も自立の問題として大きいなあと感じました。

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2009年2月14日 (土)

『こぶしの木』の発送作業をしました

Sh350080 定例議会毎に発行している私の議会レポート『こぶしの木』の第40号が出来上がりました。

 母のことがあって、原稿作成が遅れたのですが、当初の予定より1週間遅れた程度で発行することができました。

 関口市長の「財政健全化」方策(案)に対する私の考えをはじめとして、介護保険料の問題、井上スズさんが“斬る”国立市政、公立保育園の民営化問題などなど、少ない紙面に内容満載です。

 いつも通り、お昼やらお菓子やらを持ち寄って、にぎやかな作業となりました。

 『こぶしの木』第40号は、こちらから、PDF形式でお読みいただけます。

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2009年1月15日 (木)

2009年は「生きる」という事と向きあうことから始まりました

 国内では、仕事も住まいもなく派遣村で不安の年越しをされた方々が多数おられ、またパレスチナのガザ地区では、国連を無視してのイスラエルの攻撃により、多くのこども達のいのちが殺戮されました。
 不況と戦争という重い幕開けに政治の愚かさを歎きつつも、まずは足もとの地域で、生存権の保障に向け、「不退転」の覚悟で踏ん張るしかないと思っています。

 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
 さて昨年末からしばらくブログを休んでしまいました。

 休んだ訳は、長崎の母の容態悪化の知らせを受け、12月24日~1月6日まで急遽帰郷していたためです。

 全ての予定をキャンセルし、覚悟しての帰郷でしたが、母は一時の危機を脱する事ができました。担当医師からは、奇跡的な生命力ですとの言葉をいただきました。

 89歳になる母は5年間、介護療養型病院に入院しています。
 二人の姉の毎日の献身的介護と、病院のきめ細かいケアの支援を受け、何より本人の生きようとする意志力により、この5年間を、生きぬいて来れたような気がします。

 今回は心不全と肺炎をおこし、尿も出にくくなって体がむくみ、意識も混濁している状況でかけつけました。かけつけた時には横になったままで、まるで全力疾走でフルマラソンをしたかのような苦しい息使いでした。
 私はそのサポートのような気持ちで、毎日病院に通いました。

 峠を越え、1月6日に国立に帰ってきましたが、母があのまま逝かず、頑張って生き続けてくれたおかげで、私はほんの少しだけでも付き添いができ、母だけではなく、他の寝たきりのお年寄りやその家族の方々とも出会う事ができました。
 万全のケアを受けつつ、懸命に生ききろうとする母達の姿はいのちの尊厳を教えてくれました。

Sh350053  介護療養型の施設は2年後には廃止されます。
 「国は現場をわかっていない!」と母の病院の院長は嘆かれました。姉は国の廃止決定を聞いた時、泣いたとの事です。
 医療面と介護面のサポートがあれば、家族も何より本人が、自分の生を慈しみながらまっとうできます。在宅でサポートする体制が未整備のまま介護療養型施設をなくすのは間違っていると頭では思っていましたが、今回の事で実感となりました。

 議員なってからこんなに長く郷里にいたのははじめてです。母のおかげです。
 方言も食べ物もきょうだいの感覚も、蘇りました。
 大阪から帰っていた兄が、お正月のお雑煮を前に、「こうやって、みんなで会う事ができたのは、おふくろからのお年玉や」と挨拶をのべました。
 その通りだと思いました。
 【写真は、母の病室から眺めた長崎の風景です】

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 6日に帰ってからは──
 6日夜、「基地にNO!アジア・女たちの会」の集まりに参加。
 7日、明和マンション裁判調査特別委員会
 9日、行財政健全化についての全員協議会
Sh350068  10日~12日、姪の結婚式で娘と二人で京都へ、結婚式の後の時間を使い、娘のすすめで嵯峨野愛宕念仏寺に。
 【写真は、念仏寺の猫を抱いたお地蔵さん】
 14日、谷保天満宮近くの仮屋坂遺跡の説明板設置の要望に同行。
 6時~ セーフティーネットについての社会福祉協議会としょうがいしゃ団体との話し合いに参加。
 15日、明和マンション裁判調査特別委員会

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 夜は22歳になった息子の誕生日を祝いました。
 久しぶりのカラオケで、下手だけど好きな歌、『人生の扉』、『川の流れのように』、『無縁坂』、『あの鐘を鳴らすのはあなた』、『イムジン河』を歌い、娘から「お母さんの歌う歌って暗いね~~」と言われましたwobbly

 また今日からブログを再開します。
 時々は見てくださいね。

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