2015年4月 5日 (日)

「変えたかったら、選挙です!」

昨日は、「丸ごと生きよう、女たち!~再び『国策』に利用されないために~」と題して集会を開きました。メインゲストに沖縄から宮城晴美さん(沖縄女性史家)をお招きし、70名ほどの参加がありました。
直前の国立駅前の情宣でチラシを受け取った方が、そのまま参加してくださったり、沖縄への関心の高さがわかりました。

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第1部は「沖縄から女性問題を考える」で、宮城晴美さんが基調報告をされました。
宮城さんは、「『沖縄の人たちは、普天間基地の移設に反対している』との間違った情報がメディアで流されている。沖縄は負担軽減を求めているだけ。菅官房長官は沖縄にやってきたが、最初に会ったのは前知事の仲井眞さん! 翁長県知事に会う日は、沖縄の人たちは県庁に集まる。沖縄は日本の中で唯一、地上戦が行われたところ、戦争になったらおしまいということを知っている。軍隊は島民の生命を守らないこと、集団自決に追い込まれ家族の中で殺し合った悲劇も体験している。戦争になったらおしまい!という沖縄の人たちの気持ちが他の日本の国民に伝わらない」と、今の沖縄の声は何なのかを話されました。
また、女性問題の視点から、集団自決による死亡者の比率は成人女性と子どもとで80%を超えること、沖縄の日本軍「慰安婦」の問題、そして改憲への動き、とりわけ、自民党の憲法24条改定案「家族は、互いに助け合わなければならない」の危なさ、家父長制への回帰、などを話されました。

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第2部はシンポジウム「今、国立で女性問題を考える」でした。
パネリストの遠藤良子さん(くにたち夢ファーム)、北村千佳子さん(女性ユニオンくにたち)、そして宮城晴美さんに討論していただきました。
遠藤良子さんからは、「シングルマザーやDV被害者の支援の中で大事にしていることは、いいことも悪いことも含めて、丸ごと自分は生きていていいのだと思えるようになること、そこまでの寄り添い、サポートが必要」というお話がありました。
また、北村千佳子さんは「この間、労働法が変えられ、より厳しくなった。正職で働きたくても仕事がないという人が多い」と話されました。
お二人ともに、今の安倍政権の「輝く女性の登用」がいかにまやかしであるかを話されました。

沖縄の声を聞かない政権、
自粛するメディア、
戦争体制が作られる中で、
再び女性が使われはじめている、
「欲しがりません勝つまでは」
「産めよ増やせよ」
「お国のために」の再来が来ている、
繰り返してはいけない、
戦争の道を許してはいけない、
そこだけでつながろう!

沖縄の人たちは、民意を反映させることができる選挙をした。
宮城晴美さんは、「変えたかったら、選挙です」と言われた。
今の政権の独裁を止めるために、選挙を使おう!
改めて決意しました。

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2015年1月25日 (日)

憲法が活きる村の報告会を終えて

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中身が濃い報告会になりました。
公民館の集会室が満員になるほど多くの参加がありましたが、前阿智村村長の岡庭一雄さんのお話は、もっともっと多くの人に聞いてもらいたいと思いました。

憲法が活きる阿智村、長野県の木でできた満蒙開拓平和記念館、満点の星、手作り品がいっぱいの朝市…
今度はヤマモモの花が美しい季節に、学習会に集まってくださった皆さまといっしょに行きたいなぁと思いました。

……多数決を否定するところから住民自治は生まれる。
阿智村の幸せのためにみんなで話したら、必ず一致点は見つけられる。
それが法律にある地方自治の本旨であり、住民がまちづくりの主体として動く住民自治である。そして、客体ではなく、まちづくりの主体としての市民を育てるのが公民館である。……

岡庭一雄前阿智村村長の言葉を胸にきざみ、国立市もその様な憲法が活きるまちにしていきたいと思いました。

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2014年12月31日 (水)

2014年の終わりに、感謝とともに

2014年がまもなく終わろうとしています。

本日、12月31日の夕方まで議会レポート発送作業に追われていました。

今回は、今期を振り返る議会レポートに加えて、「憲法が活きる村~阿智村を訪ねて~」(1月24日、19時から公民館)、「日本経済と暮らしの今、そして国立市の財政を考える~山家悠紀夫さんに聞く」(2月1日、13時~さくらホール)、「ハムケ・共にコンサート」(2月7日、18時~くにたち福祉会館ホール)、市内4ヶ所で開くタウンミーティングなどの何枚ものチラシも同封し、意気込みの「熱さ」がわかる「厚さ」になってしまいました。

12月20日~21日に、長野県阿智村を訪問し、前村長の岡庭一雄さんと全国で唯一の満蒙開拓平和記念館専務理事の寺沢秀文さんからお話しを伺いました。憲法にある地方自治が本当に活かされてはいない、地方自治は多数決を否定するところから始まるという、岡庭前村長の話しと、公民館活動やいたるところにみえる住民自治の実践に感動しました。

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満蒙開拓平和記念館の壁にには「未来に向けて」という詩が書かれていました。

「未来に向かって」

あの時代に向かい問いかけてみます。
なぜ「満州」へ行ったのですか。
今を生きるあなたに問いかけてみます。
あの時代に生きていたら、どうしますか?

日本と中国双方の人々に多くの犠牲を出した
「満蒙開拓」とは何だったのでしょうか。
長く人々の心の奥に閉ざされていた記憶に寄り添い、
向き合いにくい真実に目を向ける時がきました。

この歴史から何を学ぶのか、私たちは問われています。
「負の遺産」を「正の遺産」へと置き換えていくこと、
その英知が私たちに問われています。

歴史に学び、今を見つめ、未来をつくる。
同じ過ちをくりかえさないために。
平和な社会を築くために。

阿智村で学んだ地方自治と平和への誓い、この学びをしっかり、くにたちのまちづくりに繋げていきたいと思います。

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2011年1月15日 (土)

心に杭は打たれない!を胸に刻んで

 本日は北市民プラザの会議室にて、「《平和といのちをみつめる》連続学習会」の第1回、「立川・砂川から沖縄へ~米軍基地と安保条約をなくす闘い~」を開催しました。
 ドキュメンタリーフィルム『流血の記録』が上映され、「砂川を記録する会」の島田清作さんのお話しを伺いました。
 50人を超える方が集まり、熱気あふれる会となりました。

 米軍基地の拡張を強行しようとする国家権力に対し、農地を守るために、まちぐるみで「非武装・不服従」で闘い、ついに勝利する砂川の歴史。
 これこそ、憲法第9条と地方自治とデモクラシーの貴重な実践であり、教科書であると思いました。

 決死のスクラムを組むフィルムの中の民衆。その力の大きさは私の心を揺さぶり、共振力となって、まるで、あの長いピケ隊の最後尾についたような感覚になりました。

 沖縄の基地問題、安保条約50年、そして改憲への動きがある中で、今、砂川の闘いが注目される理由がわかったような気がします。

 砂川はすぐ隣り、こんど歩いて見てまわりたいと思いました。

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 次回の「《平和といのちをみつめる》連続学習会」は、2月26日、「思想としての沖縄」です。
 少し難しいテーマですが、私なりの理解では、小さな小さな沖縄に在日米軍基地の7割を押し付けている日本。そのゆがみの正体は何なのか。「基地はもういらない」という沖縄の人たちの声はなぜ届かないのか……。まさしく、「小さな声を大切にする国づくり」を実現するには? についての学習ではないかと考えます。

 最新の沖縄の様子も話していただく予定です。公民館集会室で午後1時半からです。ぜひお越し下さい。

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2010年7月15日 (木)

遺産とは、未来のために今考えなければならない事があることを無言で教えてくれるもの~長崎視察報告

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 11日~14日まで、長崎に視察に行ってきました。

 連日雨でしたが、原爆資料館や岡まさはる記念館などでのお話し、軍艦島(端島)を世界遺産にする会代表の坂本さんからの端島での暮らしの結束ぶりや炭鉱の歴史のお話し、社会福祉法人による日本初の更生保護施設を開所したコロニー雲仙での田島理事長のお話し、有明海沿岸の漁民、20人以上の自殺者を出し、今も赤潮被害で苦しんでいる諫早湾干拓訴訟原告団の漁師の方々のお話しなど、現地で熱い思いをもって活動している人たちの話しを聞き、万感せまるものがありました。

 過去において、自分が通った小学校の近くに強制連行された朝鮮人の方々の収容施設があった事や、長崎での炭鉱の歴史や、現在における諫早湾干拓問題など、自分のふるさとであるにもかかわらず知らなかった事への申し訳なさと、破壊されたものをあきらめず取り戻そうとする人たちと出会えた事を大切にしなければと思いました。

 今回学んだ事、出会った方々の思いの万分の一でも良いから自分のものにして、少しでも多くの人に知らせていきたいと思ったしだいです。

 皆さん、本当にありがとうございました。

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 明日(16日)の晩7時から国立公民館3階集会室にて、「国立の今をみつめる連続学習会」を開きます。

 今回は、谷保で不耕作地を借りて有機農業に取り組み、更に学校に行かない事を選択した若者の居場所活動ともつなげるという、国立で初のコミュニティーガーデンの実践をはじめた「野の暮らし」の菅井まゆみさんからお話しを伺います。
 「野の暮らし・みんな畑」で作ったハーブティーと、お菓子も用意していただきました。
 活動風景の映像も作ってきて下さいます。

 国立での市民によるコミュニティーの拠点としての農地保全の貴重な実践として、ぜひ皆さまに知っていただきたい活動です。

 お時間の御都合がよろしければぜひお越しください。

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2008年12月 6日 (土)

「忘れてはいけない」事があると感じた日です

【11時~1時】
 被爆者の会「桜会」さんの定例会に伺いました(福祉会館)。
 今回は、大沼事務局長から社会福祉協議会についてのお話しを聞く勉強会があり、その後、昼食をとりながら懇談となりました。

 懸案は、昨年12月の議会陳情以降、皆さんの貴重な被爆体験を語り継ぎたいと教育委員会に要望したが、校長会で忙しいという理由で断られたとの事、何とか来年度は実現できないだろうかというものでした。
 長崎生まれの私としては、毎年8月9日には登校日となり、黙祷をし、平和教育として原爆の話しを聞いてきたので、「忙しくてできない」という校長と教育委員会の感覚にあきれました。議会で指摘する事をお約束しました。

 年に2回の桜会さんの例会ですが、伺うとやはり故郷の空気がします。何だか郷愁というものがわかる年になってきたと思いました。

【1時~3時】
 中国帰国者問題の課題について、鈴木則子さんのお話しを聞く会に参加しました(市役所)。
 民生委員の方々等も参加されていましたが、大半は帰国者の方々で、ほとんど日本語がわかりません。二世で今、市役所で生活支援相談員をしているリさんが、小さな声で通訳していました。
 鈴木則子さんは、「自分達の存在は何であったのか?国に従い、開拓団となり、敗戦も知らされず、国に棄てられ、大半が殺された。なぜなのか。その事を問うために裁判をした」と話され、私は、その前の被爆者の会の皆さんの話しと重なると思いました。
 「この世に正しいと言われる戦争はない」──平和都市宣言の真実性を実感しました。
 忘れてはいけない証言だと思いました。

Sh350042  その後、泉団地の自治会長の久保田さんが急性心不全でお亡くなりになり、そのお別れ会が南プラザで開かれましたので、一目でも、お別れをしたいとかけつけました。
 近くに買い物するところもなく、交通も不便地域である泉団地の窮状を訴え、改善を求めて市役所に頻繁にいらしていたお姿が浮かびます。
 音楽家として幅広い活動をされている娘さんの久保田智子さんの思いもあってか、「マイウェイ」「知床旅情」等の音楽とたくさんの花に包まれた会場の中にはギッシリの人達が集まっていました。帰りには、偲んで下さいとバラの花をいただきました。
 帰り道、久保田さんの思いを議会全員で無にしないように取り組まないといけないと思いながら、城山を通り、写真をとりました。「いのち」を思い、私もこんな風に自分の生を生ききりたいと思いました。

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2008年10月25日 (土)

「この世に正しい戦争はない」──国立市平和都市宣言の意義深さを再認識しました

 10月25日午後、公民館地下ホールで、12月1日にくにたち芸術小ホールで上演されるお芝居『哀しみの南京』のプレ企画として、「南京事件と今の日本を考える」というテーマで学習会がありました。
 内容は、吉田裕さん(一ツ橋大)のお話しと、当時の惨状を記録したマギー牧師のビデオ上映です。吉田裕さんのお話しは、初めて伺ったのですが、大変興味深いものがありました。

 吉田さんは、もはや歴史学者の中では、南京事件がなかったとする説は通用しないと話されました。それほど証拠が出てきているという事です。
 しかし、政治家の中には、「なかった」とする人が複数いること。記憶と研究のズレや乖離が今の研究者の課題であり、今もなお南京虐殺を認めようとしない日本人、今もなお原爆で戦争を終わらせたと信じているアメリカ人とあわせて、その背景は何なのかを考えているとのことでした。
 また当時、大量殺戮があった事が日本に知らされなかったのかというと、そうではなく、いくつかの新聞記事や記録を紹介してくださいました。
 「見ようとしたら見る事ができたのに見えなかったところに、日本人の中国観、日本人の戦争観がある。加害と被害はつながる。南京と向きあわない事は東京大空襲と向きあわない事につながる」とのお話しに、本当にそうだと思いました。

 『哀しみの南京』のお芝居は二人芝居ですが、日本全国、アメリカ、中国でも上演されています。
 日本各地での上演にあたっては、キリスト教会の牧師さんや浄土真宗大谷派のお坊さんなどが熱心に応援されています。「ノーモア南京」は平和への祈りであり誓いでもあるのだと感じました。
 国立での上演をひとりでも多くの方々と一緒に見たいと思います。

 国立の平和都市宣言の中に、「この世に正しいと言われる戦争はありません」、「地球上にこれ以上の血を流してはいけません」とあります。この宣言は真実だと思いました。

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2008年10月24日 (金)

良い話しと悪い話し

 10月24日お昼頃、中国帰国者の会会長の鈴木則子さん(国分寺市在住)からお電話がありました。

 新支援法に伴う中国帰国者支援センターの立ち上げについて、則子さんが暮らす国分寺市が、国立市に対し、二市で立ち上げようとの協議をもちかけ、来年度からの実現に向けて東京都や国に補助金を申請する事が決まったとのことです。則子さんの本当に嬉しそうな声に、私も心からうれしくなりました。

 鈴木則子さんはかつて矢川団地にお住まいで、その関係から、国立市には国分寺市より多くの中国帰国者が暮らしています。くにたち公民館では長年、相談会を兼ねた日本語教室が市民ボランティアと当事者の方々の力で毎週続けられています。
 このような経緯から、国分寺市は当事者の方々の要請を受けとめ、国立市への働きかけとなったのです。

 午前中、国分寺市の担当係長が高齢の鈴木則子さんを車でお迎えし、国立市役所まで来て、国立市の担当係長に一緒に立ち上げようと働きかけたそうです。
 鈴木則子さんは、その動きに絶大な信頼感を感じたとの事でした。国立の担当係長も誠実に対応したとの事で、そういう職員の力で、国の補助金が有効に使われていくのだなあと思いました。

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 午後、前日市民部長から連絡のあった、個人市民税均等割の軽減措置不適用による過徴収についての報告書を受けとりました。

 千葉県市川市で発覚し報道されたのですが、国立市も点検していませんでした。該当者には一人100円の軽減措置があるのにそれをせず、この5年間で881人から88,100円の過徴収でした。
 11月に還付通知を出すということですが、郵送料等もかかります。ここのところ毎年のように税金の過誤納の問題が起きています。
 あってはならないミスなのに、起きてしまうのは何故なのだろう。あきれる前に考え込んでしまいました。

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2008年10月16日 (木)

いのちを活かすという事

 10月16日、気持ちの良い秋晴れの一日でした。
 昨日、自転車で見事に転んでしまいましたが、今朝は右手首、右首、右ほっぺが少し痛みます。筋肉の痛みも遅れて出てくるとは、まさしく「老化」の幕開けです。

 朝、食事をしながら、大学の数学科に在籍する息子が、知り合いの親の方から、そのお子さんに数学を教えて欲しいと頼まれたが即答できなかったと話し出しました。
 自分自身の教える事に対しての自信のなさから来るものですが、本来、勉強は教わらなくてもできるものなんだよ、とためらう理由を述べました。
 息子は、中3の二学期から学校を拒否し、大学には大検で入りました。現在、私の事務所兼フリースペースで彼独自のやり方で数学を教えています。
 今、彼が教えている方は立川養護学校を出た27歳の若者で、事務所で出会い、学校で学べなかったからという事で数学検定に挑戦しています。8級・7級と合格し、次は6級(小6)を目指しています。
 その方への教え方と、その前に来ていた大学生への教え方とは、全く変わることのない数学の原点からの教え方です。おそらく、彼が自分で見つけたやり方なのでしょうが、これを見た時、私は心底驚き、人は勉強する事が好きな生き物なんだなあと思いました。

 午後、谷保で有機農業を営む北島さんの稲刈りを見せてもらいに行きました。
 「農薬も化学肥料も使わなくてもちゃんと実ってくれるもんです」という言葉が印象に残りました。
 有機農業は土つくりからとも言われ、土が本来持っている自然の力で野菜を育てるものです。だからなのか北島さんの話しはいつも「いのち」とはどういうものか考えさせられます。

 夜、市役所での地域保健福祉計画推進協議会のしょうがい者部会を傍聴しました。重度の全身性しょうがいのある三井絹子さんが座長でまとめられています。日本で初めてと言われるしょうがい当事者の参画です。
 これは私が議会で指摘し、しょうがい当事者の参画を明記させた事から始まりました。その種がどのように育つのか見届けたいと考え傍聴を続けています。
 とにかくスゴイ!の一言。知的しょうがいの方も入っています。
 その中味の濃さはテレビなどで取材してもらいたい程です。

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2008年10月11日 (土)

中国帰国者の会会長 鈴木則子さんのお話しを聞く

 10月11日、立川シビル市民講座「20世紀をこえて~先輩女性に聞く~」の第3回、中国帰国者の会会長鈴木則子さん(以前は国立の矢川団地にお住まいで、今は国分寺市在住)のお話しを聞きに行きました。

 鈴木さんはご自分の体験を息ある限り語り続けていきたい、国の姿勢を見続けていきたいと話されました。

 現在は一世の介護が問題で、三鷹に「憩いの家」を作り、みんなで集まり楽しい時間をもっているが、このような地域での居場所づくりが必要で、そのためには地域自治体や市民の支援協力が必要だとのことです。
 次に、言葉の壁の問題、また中国帰国者についての歴史認識のない職員の対応により市役所に相談に行きたがらない帰国者も多いので職員研修が是非とも必要であること、三世・四世となる子ども達が、親が保護者会に来ると(親は日本語を話せないので)中国帰国者である事がわかるので来ないでという子が多いとのことです(これは教育の問題で、立川市の指導補助員制度はその解決のための全国モデルにもなれるものでしたが、予算がないという事で削られてしまいました)。
 さらに、就労の問題、病院への付き添いの問題、同居を認めない新支援策のおかしさ等を話されました。

 国立市では中国帰国者の会と市との話し合いの中で、今年度から二世の方に支援相談員となっていただき、週2回の相談体制をとり、病院やハローワークへの通訳としての付き添いや、生活保護等に関する相談にも、当事者の立場に添いながら担当課とつなぎ細やかな支援がなされています。

 彼女が来られる曜日には、市役所ロビーに中国語が頻繁に飛び交います。それを聞くたび、困った事が起きた時、市役所の支援相談員を訪ねれば何とか道は開けるのではと思える「灯台」のような市役所になりつつある事を実感し、本当に良かったと思います。共感から当事者に沿った支援が始まる……、その典型を見せていただいています。
 この小さな灯りが消える事のないようにしっかり見守っていくのが私の仕事であり、議員としての責務だと思います。

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