2008年12月 6日 (土)

「忘れてはいけない」事があると感じた日です

【11時~1時】
 被爆者の会「桜会」さんの定例会に伺いました(福祉会館)。
 今回は、大沼事務局長から社会福祉協議会についてのお話しを聞く勉強会があり、その後、昼食をとりながら懇談となりました。

 懸案は、昨年12月の議会陳情以降、皆さんの貴重な被爆体験を語り継ぎたいと教育委員会に要望したが、校長会で忙しいという理由で断られたとの事、何とか来年度は実現できないだろうかというものでした。
 長崎生まれの私としては、毎年8月9日には登校日となり、黙祷をし、平和教育として原爆の話しを聞いてきたので、「忙しくてできない」という校長と教育委員会の感覚にあきれました。議会で指摘する事をお約束しました。

 年に2回の桜会さんの例会ですが、伺うとやはり故郷の空気がします。何だか郷愁というものがわかる年になってきたと思いました。

【1時~3時】
 中国帰国者問題の課題について、鈴木則子さんのお話しを聞く会に参加しました(市役所)。
 民生委員の方々等も参加されていましたが、大半は帰国者の方々で、ほとんど日本語がわかりません。二世で今、市役所で生活支援相談員をしているリさんが、小さな声で通訳していました。
 鈴木則子さんは、「自分達の存在は何であったのか?国に従い、開拓団となり、敗戦も知らされず、国に棄てられ、大半が殺された。なぜなのか。その事を問うために裁判をした」と話され、私は、その前の被爆者の会の皆さんの話しと重なると思いました。
 「この世に正しいと言われる戦争はない」──平和都市宣言の真実性を実感しました。
 忘れてはいけない証言だと思いました。

Sh350042  その後、泉団地の自治会長の久保田さんが急性心不全でお亡くなりになり、そのお別れ会が南プラザで開かれましたので、一目でも、お別れをしたいとかけつけました。
 近くに買い物するところもなく、交通も不便地域である泉団地の窮状を訴え、改善を求めて市役所に頻繁にいらしていたお姿が浮かびます。
 音楽家として幅広い活動をされている娘さんの久保田智子さんの思いもあってか、「マイウェイ」「知床旅情」等の音楽とたくさんの花に包まれた会場の中にはギッシリの人達が集まっていました。帰りには、偲んで下さいとバラの花をいただきました。
 帰り道、久保田さんの思いを議会全員で無にしないように取り組まないといけないと思いながら、城山を通り、写真をとりました。「いのち」を思い、私もこんな風に自分の生を生ききりたいと思いました。

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2008年10月25日 (土)

「この世に正しい戦争はない」──国立市平和都市宣言の意義深さを再認識しました

 10月25日午後、公民館地下ホールで、12月1日にくにたち芸術小ホールで上演されるお芝居『哀しみの南京』のプレ企画として、「南京事件と今の日本を考える」というテーマで学習会がありました。
 内容は、吉田裕さん(一ツ橋大)のお話しと、当時の惨状を記録したマギー牧師のビデオ上映です。吉田裕さんのお話しは、初めて伺ったのですが、大変興味深いものがありました。

 吉田さんは、もはや歴史学者の中では、南京事件がなかったとする説は通用しないと話されました。それほど証拠が出てきているという事です。
 しかし、政治家の中には、「なかった」とする人が複数いること。記憶と研究のズレや乖離が今の研究者の課題であり、今もなお南京虐殺を認めようとしない日本人、今もなお原爆で戦争を終わらせたと信じているアメリカ人とあわせて、その背景は何なのかを考えているとのことでした。
 また当時、大量殺戮があった事が日本に知らされなかったのかというと、そうではなく、いくつかの新聞記事や記録を紹介してくださいました。
 「見ようとしたら見る事ができたのに見えなかったところに、日本人の中国観、日本人の戦争観がある。加害と被害はつながる。南京と向きあわない事は東京大空襲と向きあわない事につながる」とのお話しに、本当にそうだと思いました。

 『哀しみの南京』のお芝居は二人芝居ですが、日本全国、アメリカ、中国でも上演されています。
 日本各地での上演にあたっては、キリスト教会の牧師さんや浄土真宗大谷派のお坊さんなどが熱心に応援されています。「ノーモア南京」は平和への祈りであり誓いでもあるのだと感じました。
 国立での上演をひとりでも多くの方々と一緒に見たいと思います。

 国立の平和都市宣言の中に、「この世に正しいと言われる戦争はありません」、「地球上にこれ以上の血を流してはいけません」とあります。この宣言は真実だと思いました。

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2008年10月24日 (金)

良い話しと悪い話し

 10月24日お昼頃、中国帰国者の会会長の鈴木則子さん(国分寺市在住)からお電話がありました。

 新支援法に伴う中国帰国者支援センターの立ち上げについて、則子さんが暮らす国分寺市が、国立市に対し、二市で立ち上げようとの協議をもちかけ、来年度からの実現に向けて東京都や国に補助金を申請する事が決まったとのことです。則子さんの本当に嬉しそうな声に、私も心からうれしくなりました。

 鈴木則子さんはかつて矢川団地にお住まいで、その関係から、国立市には国分寺市より多くの中国帰国者が暮らしています。くにたち公民館では長年、相談会を兼ねた日本語教室が市民ボランティアと当事者の方々の力で毎週続けられています。
 このような経緯から、国分寺市は当事者の方々の要請を受けとめ、国立市への働きかけとなったのです。

 午前中、国分寺市の担当係長が高齢の鈴木則子さんを車でお迎えし、国立市役所まで来て、国立市の担当係長に一緒に立ち上げようと働きかけたそうです。
 鈴木則子さんは、その動きに絶大な信頼感を感じたとの事でした。国立の担当係長も誠実に対応したとの事で、そういう職員の力で、国の補助金が有効に使われていくのだなあと思いました。

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 午後、前日市民部長から連絡のあった、個人市民税均等割の軽減措置不適用による過徴収についての報告書を受けとりました。

 千葉県市川市で発覚し報道されたのですが、国立市も点検していませんでした。該当者には一人100円の軽減措置があるのにそれをせず、この5年間で881人から88,100円の過徴収でした。
 11月に還付通知を出すということですが、郵送料等もかかります。ここのところ毎年のように税金の過誤納の問題が起きています。
 あってはならないミスなのに、起きてしまうのは何故なのだろう。あきれる前に考え込んでしまいました。

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2008年10月16日 (木)

いのちを活かすという事

 10月16日、気持ちの良い秋晴れの一日でした。
 昨日、自転車で見事に転んでしまいましたが、今朝は右手首、右首、右ほっぺが少し痛みます。筋肉の痛みも遅れて出てくるとは、まさしく「老化」の幕開けです。

 朝、食事をしながら、大学の数学科に在籍する息子が、知り合いの親の方から、そのお子さんに数学を教えて欲しいと頼まれたが即答できなかったと話し出しました。
 自分自身の教える事に対しての自信のなさから来るものですが、本来、勉強は教わらなくてもできるものなんだよ、とためらう理由を述べました。
 息子は、中3の二学期から学校を拒否し、大学には大検で入りました。現在、私の事務所兼フリースペースで彼独自のやり方で数学を教えています。
 今、彼が教えている方は立川養護学校を出た27歳の若者で、事務所で出会い、学校で学べなかったからという事で数学検定に挑戦しています。8級・7級と合格し、次は6級(小6)を目指しています。
 その方への教え方と、その前に来ていた大学生への教え方とは、全く変わることのない数学の原点からの教え方です。おそらく、彼が自分で見つけたやり方なのでしょうが、これを見た時、私は心底驚き、人は勉強する事が好きな生き物なんだなあと思いました。

 午後、谷保で有機農業を営む北島さんの稲刈りを見せてもらいに行きました。
 「農薬も化学肥料も使わなくてもちゃんと実ってくれるもんです」という言葉が印象に残りました。
 有機農業は土つくりからとも言われ、土が本来持っている自然の力で野菜を育てるものです。だからなのか北島さんの話しはいつも「いのち」とはどういうものか考えさせられます。

 夜、市役所での地域保健福祉計画推進協議会のしょうがい者部会を傍聴しました。重度の全身性しょうがいのある三井絹子さんが座長でまとめられています。日本で初めてと言われるしょうがい当事者の参画です。
 これは私が議会で指摘し、しょうがい当事者の参画を明記させた事から始まりました。その種がどのように育つのか見届けたいと考え傍聴を続けています。
 とにかくスゴイ!の一言。知的しょうがいの方も入っています。
 その中味の濃さはテレビなどで取材してもらいたい程です。

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2008年10月11日 (土)

中国帰国者の会会長 鈴木則子さんのお話しを聞く

 10月11日、立川シビル市民講座「20世紀をこえて~先輩女性に聞く~」の第3回、中国帰国者の会会長鈴木則子さん(以前は国立の矢川団地にお住まいで、今は国分寺市在住)のお話しを聞きに行きました。

 鈴木さんはご自分の体験を息ある限り語り続けていきたい、国の姿勢を見続けていきたいと話されました。

 現在は一世の介護が問題で、三鷹に「憩いの家」を作り、みんなで集まり楽しい時間をもっているが、このような地域での居場所づくりが必要で、そのためには地域自治体や市民の支援協力が必要だとのことです。
 次に、言葉の壁の問題、また中国帰国者についての歴史認識のない職員の対応により市役所に相談に行きたがらない帰国者も多いので職員研修が是非とも必要であること、三世・四世となる子ども達が、親が保護者会に来ると(親は日本語を話せないので)中国帰国者である事がわかるので来ないでという子が多いとのことです(これは教育の問題で、立川市の指導補助員制度はその解決のための全国モデルにもなれるものでしたが、予算がないという事で削られてしまいました)。
 さらに、就労の問題、病院への付き添いの問題、同居を認めない新支援策のおかしさ等を話されました。

 国立市では中国帰国者の会と市との話し合いの中で、今年度から二世の方に支援相談員となっていただき、週2回の相談体制をとり、病院やハローワークへの通訳としての付き添いや、生活保護等に関する相談にも、当事者の立場に添いながら担当課とつなぎ細やかな支援がなされています。

 彼女が来られる曜日には、市役所ロビーに中国語が頻繁に飛び交います。それを聞くたび、困った事が起きた時、市役所の支援相談員を訪ねれば何とか道は開けるのではと思える「灯台」のような市役所になりつつある事を実感し、本当に良かったと思います。共感から当事者に沿った支援が始まる……、その典型を見せていただいています。
 この小さな灯りが消える事のないようにしっかり見守っていくのが私の仕事であり、議員としての責務だと思います。

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2008年8月 5日 (火)

多摩全生園へ

 8月4日、ハンセン病国家賠償請求訴訟の支援を続けてきた友人と、東村山市多摩全生園にお住まいの方を訪ねた。
 併せて、3月22日に亡くなられた国本衛さんのお宅にも伺い、手を合わる事ができた。国本さんは、国賠訴訟原告団事務局長として尽力され、裁判勝利後にはハンセン病市民学会を立ち上げた方である。また、国本さんは、在日韓国籍とハンセン病隔離強制という国家政策による二重の迫害差別と闘い続けた方である。差別を受けた側から差別のない平和な市民社会を創る事を希求し、行動された方であった。

 国本さんのお宅では、妻のみよ子さんが暖かく迎えて下さった。
 お部屋の中には、国本さんが亡くなられた後に、みよ子さんが国本さんとずっと一緒にいたいとの思いで飾られたという国本さんのお写真がいたるところにあった。子をつくる事が許されなかった、ハンセン病の元患者の方々のご夫婦の絆は本当に深いと胸が熱くなった。
 三期目の選挙の際、国本さんから、「どんなに小さな集まりでもいい、差別の問題を語り合うのだ」という国本さんの詩を見せていただいた事がある。ご自分の苦しみを人間愛に昇華させた方であったと思う。

 国本さん宅を出て、おじゃましていたお宅に向かう途中、激しい雷雨となった。
 その時、全生園の住宅の中に、なんともかわいいトトロや河童や亀の陶器の置物が置いてある素敵なお宅があった。あまりにもかわいいので眺めていたら、お宅の主で作品の作家でもある佐々木さん(後でお名前を教えていただいた)が、偶然にも顔を出して下さり、雨宿りも兼ね、わざわざ招き入れて下さった。

K3300027  家の中には大小何百というトトロがいた。
 「不自由な手で作ったから、それがいいんだと僕は思う」と話して下さった。
 佐々木さんは今、長島愛生園(岡山県)の「青い鳥楽団」を支えた看護師さんの記録を残すために出版に向けて活動されているという事だった。この看護師さんは、青い鳥楽団の盲目のハーモニカ演奏者、近藤さんに感銘を受け、その縁で、青い鳥楽団を支える活動に入った方である。

 裁判でも法律でも解決できない心の問題を音楽や芸術で越えて行こうとする中で、素晴らしい作品が生まれていく事を知った。

 私もこぶしの木の看板を持っているトトロを作ってくださるようお願いした。今年中にはできるとの事。思わぬ出会いに感動した一日でした。

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2007年9月30日 (日)

加害者側としての戦争を考える

 30日、事務所でミニ平和学習会を開きました。

 話題を提供してくれたのは、事務所運営の強力な助っ人の一人でもあるYさん。テーマは『加害者側としての戦争を考える』である。

 9月18日は、日本軍が中国への侵略を全土的に開始した日として、中国では誰もが知っている日であるが、日本ではあまり浸透していない。

 6月は日本本土の捨て石にされた沖縄玉砕への祈念の月であり、8月は敗戦・原爆被害を忘れぬための祈念の月であり、9月は加害者側としての戦争を考える、二度と繰り返させないために自分に何ができるかを問い続ける月にしたいと思う。

 今回、話題を提供してくれたYさんは、この夏、韓国のチェジュ島で行なわれた、日中韓三国青少年歴史体験キャンプに実行委員として参加し、また8月の終わりには、日本軍侵攻によるマレーシアの戦跡のスタディーツアーに参加した。9月1日は、関東大震災における朝鮮人大虐殺の荒川での慰霊に参加しているが、今年だけでなく、毎年このような活動を継続されている。まだとても若いYさんのまっすぐな活動に教えられる事は多い。

 Yさんは、「日々の暮らしの中に加害者としての戦争の跡は残っている。その事に気づいた人が、その事実を掘り起こし、広め、伝え続ける事が大事だ」としめくくった。

 民衆の歴史は、そうやって、残ってきたのかもしれないと思った。戦争の中で、無惨なかたちで生涯を断ち切られた多くのアジアの人たちの命の重さを感じ、唯一のかけがえのない命を奪ったものの正体を見極め、許さない事が、これからの平和を守る道だと考える。

Hgnbn  狭い事務所になじみの人達が13人も集まった。在日の人もいたし、若い人たちもいた。「平和は思うが、どうやって行動をおこしたら良いかわからない」「徴兵制度がある韓国の若者には、日本の憲法9条はどのように見えるのか」等など、一品もちよりの食事を囲んで、懇談はつきなかった。

 その顔を一人ひとり見ながら、今日はYさんに話題を提供してもらったけど、次々といろんなテーマでみんなで考える事ができるなあと思った。井戸端会議こそ、民主主義の原点じゃないかなあ。

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2007年9月27日 (木)

参議院会館に行きました

 今日は、参議院会館に、山内徳信(トクシン)さんをお尋ねし、国立での学習会に講師として来ていただくようお願いしました。

 7月に行われた参議院選挙では、東京選挙区は、薬害エイズ国賠訴訟原告の川田龍平さん(無所属)を、全国比例では、元読谷村村長・沖縄から基地をなくす県民の会共同代表である山内トクシンさん(社民党)を応援し、2人ともに当選をはたし、未来に希望をつなげる事ができたと喜びました。

 今沖縄では、全国の高校の歴史教科書から、沖縄の集団自決に軍の関与がなかったとして、その部分を削除修正をするという検定意見の撤回を求める5万人規模の県民集会が29日に予定され、保守革新の違いを越えて、大きなうねりがおきています。

 是非、山内トクシンさんに国立に来ていただき、憲法を実践した読谷村の話し、辺野古への米軍基地の移設阻止運動、教科書問題等を語っていただきたいとお願いしました。

 トクシンさんは快諾してくださいました。「東京や地方は生きているが、国会周辺は生きていない。役人に心がない。そこを動かし、対話をさせるために、力をそそいでいる。バッチをつけて闘うのは、逮捕をさせないため。弱い私達には知恵がある。武器ではなく知恵を使うのだ」と話されました。

 国立で、教科書関連の陳情(『沖縄戦「集団自決」への軍関与を否定する教科書検定意見の撤回を求める意見書提出に関する陳情』)が、1人の差で採択された事を報告したところ、「国立では陳情を採択する議員が半数以上いる、という事は(そういう議員を選出する市民が大勢いるという)しっかりしたまちなのですね」と言ってくださいました。

 10月25日(木)夜7時から、国立福祉会館講座室で、山内トクシンさんをお招きして沖縄を考える学習会を開きます(詳細は、後日、チラシ、ホームページ、ブログ等でお知らせ致します)。
 ※変更会場=国立駅南口せきやビル7F(西友と同じビル)、開場=夕方5時50分に変更致しました。

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2007年9月16日 (日)

「従軍慰安婦」問題

 15日午後、小平で開かれた、「『従軍慰安婦』問題~歴史の真実を見つめましょう~」(主催:タリの会)に参加しました。

 当日は5回目にあたり、日本軍性奴隷被害者のクァク・クムニョさんの証言と生活を撮影した貴重なドキュメンタリー『アリラン峠を越えて』(監督:伊藤孝司さん)の上映と、「告発『従軍慰安婦』」の著者であるクム・ビョンドンさんの、従軍慰安婦が陸軍省中央部による正式な制度であった事を裏付ける文書「軍慰安所従業婦募集に関する件(昭和13年3月4日)」、及び、「従軍慰安婦は、皇軍将兵への贈り物として、戦地へ送りこむには、若き者を必要とす」との、筆舌に尽くしがたい人権じゅうりんの文書(麻生軍医意見書)などをもとにした講演があった。

 14万人とも言われる、日本軍による性奴隷制度の犠牲となった女性達の70%は朝鮮の若い女性たちであった。これだけの資料と証言があり、過去の河野発言など正式に謝罪したものがありながら、安倍首相は、軍の関与、強制はなかったとして、河野談話を見直すという右傾化の先頭に立つ動きをし、アメリカからも、批判されるところとなった。
 
 講師のクムさんは最後に、「真の謝罪が必要」として、真の謝罪とは、首相が正式に事実を認め、謝罪し、補償し、二度と繰り返さないために教育の中で教える事と述べられた。

 安倍首相が倒れ、次期の首相が、福田さんだろうと、麻生さんだろうと、この問題に対する、事実は事実として認めるところから、信頼の回復を図ってもらいたいと切に思う。

※タリの会:日本に住むコリアン・中国人・日本人がまずは友だちになることで、過去の歴史を見つめ、現在の溝を埋め、未来への東アジアの人たちとの共生への架け橋『タリ』(다리)になりたいとの思いで生まれた、小平を中心とする市民グループ。
※伊藤孝司:日本の侵略で被害を受けたアジアの人々を20年近く取材してきたフォトジャーナリスト。
※クァク・クムニョさん:朝鮮民主主義人民共和国で暮らしていらっしゃいましたが、今年5月に亡くなられたそうです。

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