2016年2月27日 (土)

「誤回答防止のため」、「外国人」か「しょうがいしゃ手帳保持者」かを問う市民意識調査の設問は大問題!

2月26日

25日から、三月議会が始まりました。
本日は休会日で、明日27日土曜議会です市長の施政方針に対する会派代表質問がおこなわれます。

ひとり会派である私の持ち時間は10分しかありません。
2016年度の佐藤市長の施政方針は、22ページにも及びます。平和、人権、男女共同参画、子どもの貧困、若者、高齢者、しょうがいしゃ、南部の自然、環境などなど、自分の言葉で語っていると感じます。公立保育園の民営化や国保の値上げなどの財政改革のやり方には大反対ですが、平和や人権、福祉に対する姿勢は評価できます。

明日の会派代表質問では、私が一般質問で提案したことがきっかけとなり、2016年度から始まる国立市平和の日(6月)に向けて、貧困へのリアル感、上原元市長への求償裁判など質問する予定です。

さて、本日、「市民意識調査が送られてきたが、よくわからない質問が多い」との相談を受けました。

調査書面を見せてもらって、一番驚いたのが、最初に述べた設問です。

「誤回答防止」って何?

そもそもアンケートに誤回答ってあるの?

外国人やしょうがいしゃ手帳を持ってる、にチェックすると、その回答は誤回答の可能性があると疑われるの?

それって、偏見では?

外国籍市民やしょうがいしゃを意識するなら、漢字にルビをふったり、中国語や朝鮮・韓国語、英語で質問するといった配慮こそ必要。

他にも、公共施設の老朽化への対する設問では、お金がないから、縮小しなくちゃいけないんだけど、狭くするか、くっつけるか、なくすか、どれがいい?みたいなマイナスばっかり並べて、ましなものを選ばそうとする。

アンケートは、設問しだいで設問者の期待通りの答えを誘導できると聞いたことがある、それほどアンケートとは難しい。

私に相談された市民は真剣に答えようとして、読めば読むほど設問に対して憤りがわいたと言われた。

その憤りこそ市に伝えようと思う。

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2015年2月 1日 (日)

「まちに生きる」第3回まちづくりタウンミーティングを終えて

1月31日に東福祉館で開いたまちづくりタウンミーティングには30名ほどの参加者がありました。

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しょうがいしゃの自立運動の先頭にたって生きてこられた八木下浩一さんは現在74歳。介助者がいなくなったため、しかたなく50人ほどの「老人ホーム」に入られています。

しょうがいしゃばかりいるところをつくるのは「差別」であるとして、養護学校にも施設にも体をはって闘ってきた八木下さんが、地域とはいえ、なぜ「老人ばかりいるところ」に入らなければいけなかったのか、そこのところを聞きたいと思っていました。

その点について八木下さんは「介助がお金になると制度が変わったので、高い方へ介助者が移っていった。しょうがいしゃも高齢者も同じで、地域で人の小さなホームをつくるべきだ」と話されました。

会場からは、「グループホームだって管理されるから、最期まで在宅で生きられる様にしよう」という意見も出ました。

八木下浩一さんは、長年しょうがいしゃ運動をやってこられた先駆者でありますが、今、介助を必要とする高齢者の当事者運動の先駆者になっておられるのではないかと思います。

「分けることから差別が始まる。みんないっしょのまちをつくる」を国立市で実践していく時の原点であり、今の課題となるタウンミーティングでした。

参加された方の感想をご紹介します。

今日のタウンミーティングのテーマは、「共生(ともに生きる)」でした。第一部は八木下浩一さんが経験されてきた、しょうがいしゃが「まち(地域)で生きる」ための運動のお話でした。若い後輩へのメッセージ「動くこと、出ていくことで出会いがある」は、しょうがいしゃ運動だけでなく、他の分野でも共通しているのではないか、と思いました。
第2部では「養護学校はあかんねん!」という記録映画を見ました。1979年1月末、養護学校の義務化に反対して文部省(当時)に抗議行動している、寒い中デモをしたり、文部省前で《野営》をしているところは、今の経産省前のテントを彷彿させられました。国会議員にしょうがいしゃの皆さんが訴えるシーンでは、「社会がしょうがいしゃをつくる」「介護して下さい、と言えなくさせる社会」という言葉に、30年以上前のしょうがいしゃの皆さんが訴えていたことが、今の教育の現場でも起こっている、と感じました。

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2008年12月22日 (月)

やっぱり、動いて、自分の目で見て、判断するのが一番大事と実感!

 怒涛のような十二月議会が終わり、12月21~22日、娘と一緒に熱海へ一泊の保養にでかけました。
 きっかけは、“熱海、一泊7980円で魚料理!”という新聞広告が目に止まり、疲れ気味だし、年に一回の自分へのご褒美と、福祉施設の激務に耐えられず支援員の仕事を辞めた娘への慰労も兼ねて行く事にしました。
 国立から離れた時間の中で、この間の事をあれこれ振り返りました。
 結構いろいろありました。

10日】 保存樹木のこと
 保存樹木の剪定でトラブルのあった件で、市がお願いした樹木専門家の農工大の名誉教授の診断に立ちあいました。大変興味深いお話を聞くことができました。保存に当たっては、やはりどう保存すれば良いかというビジョンが必要と感じました。

12日】 福祉保険委員会
 今年4月から保険料の徴収が始まった75歳以上の後期高齢者医療保険において、9月の段階で滞納者が200人以上いる事が判明しました。その方々は、滞納が続けば病院にかかれなくなる訳で、早急に対応を協議せよと意見しました。

13日】 川田龍平さんのお話しを聞く会
 30人ほどの方が集まり、環境委員会に所属する川田さんに、様々な要望が出ました。国会議員と市民がこんな近い距離で直接話しあうのは無所属だからこそと感じました。

15日】 沖縄高江の人達に代わって行動、介助者不足のこと、男女混合名簿復活のこと
 霞ヶ関の衆議院議員会館に行き、沖縄から選出された衆議院議員、照屋寛徳さんの優秀な秘書の菊里さんにお願いして、首相と防衛大臣に宛てた「沖縄高江の米軍ヘリパット基地建設反対」の要請書を担当局に手渡しました。これは、梨の木舎の羽田ゆみ子さん達の「基地にNO!アジア・女達の会」の行動の一環です。直接渡すと回答も得られ、質問もできるので、遠くてなかなか来れない高江の人達に代わって私たちにできる事があるのだなと感じました。

 夕方からは、介助者不足に関し緊急対応について話し合う国立のしょうがいしゃの方々の集まりに参加しました。

 その後、男女混合名簿の復活に向けての保護者・市民の話し合いに参加しました。
 こどもも、教員も校長も保護者もみんな、管理されたり締め付けられたりで、学校がだんだん窮屈になっている事を実感し、もう少しゆとりと余裕が欲しいなあと感じました。男女混合名簿は、人権が守られ、男女が平等で、しかも一人ひとりの違いが尊重される教育の具現化であると思います。

16日】 明和マンション調査特別委員会、「はじめの一歩ハウス」泊まりサポート
 午後いっぱいは明和マンション調査特別委員会でした。
 この日の午前中、どうしても気になることがあり、最高裁判所民事事件係に電話して質問しました。
 質問内容は以下の通りです。
 「最高裁への上告のタイムリミットの2007年1月4日(この時点では原告の明和地所も国立市も上告しない事では一致していた)、5人の補助参加人が上告を行った。その上告申請により、行政は、予定していた翌1月5日(高裁判決が確定した場合の賠償金支払いの開始日)の支払いが『できなくなった』と答弁しているが、果たして正しいのか? 本当は支払う事はできるのに支払わなかったのではないか?」
 答えは以下の通りです。
 「原則的には賠償金の支払いと裁判は別物。従って、もしも市が翌日支払って相手が受けとっていれば、金銭に関する争いはなくなったと解せられるから、被告の市には上告の意思はなかったと解せられ、残った補助参加人の不服申し立ての内容で最高裁判所は調査することになる。ただ市が被告の場合には公金となり、通常は補助参加人の上告をもって裁判は継続となるので、裁判の確定を待ったという事なのでしょう」
 つまり、支払いができないのではなく、市の判断で支払わなかったと解釈されるという事です。今回、市議会は上告を否決したのですから、補助参加人の上告があっても、市は上告できないという姿勢を明確に示すために1月5日に支払っていれば、以降の遅延金は生じなかったと考えます。

 夜は月に一度の「はじめの一歩ハウス」の泊まりサポートです。近頃中々眠りにつけない入居者(女性)の方が眠りにつくまで添い寝しましたが、これは6年間でできた信頼関係ですし、添い寝したら眠れるって、実は大事なんじゃないかと思いました。

18日】 最終本会議
 18日のブログをご覧ください。

20日】 事務所でYさん企画の「愛と自由を育む学校」
 1時間目は絵日記。2時間目は私の詩の授業で、30年前を思い出しながら宮沢賢治の『詠決の朝』を読みました。3時間目はゆるゆるリフレッシュで楽しい時間でした。

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 こう振り返ってみると、いろんな事をしながら、いろいろ考え、気づいてきたんだなあと思います。

 熱海のホテルは、想像したのとは随分違い、海も見えず、残念ながら温泉もなし! やや期待外れでしたが一晩ノンビリできました。
 新聞広告の鵜呑みではやっぱりダメだなあと思い、帰り、湯河原で下車し、海の見える源泉の日帰り温泉に入り、干物を食べたら最高でした。
 やはり何事も、直接行って、自分の目で見て、判断するのが肝心と思った次第です。

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2008年12月 8日 (月)

本日の一般質問は久しぶりのブチ切れ質問になりました

 本日、午後2時半から1時間、私の一般質問でした。
 議員になって10年、一期目、二期目は、頭にくる事が先にたち、質問するより、いかにヒドイ対応なのか、どうにかして分からせたいとの思いが強く、どうしても攻撃的質問になりがちでした。
 二期目の終わり頃から、怒ってばかりいても市長部局には伝わらないのだとの思いにようやく達し、冷静な丁寧なやりとりでと心がけてきました。

 しかし、今回、久しぶりにブチ切れの質問となりました。市長が「行革」の名のもと、市民にのきなみ負担増(特に高齢者の負担増)を強いる提案を出してきたからです。
 高齢者の食事サービス本人負担金値上げ、長寿祝い金の77歳打ち切り、介護保険低所得者への利用料軽減見直し、総合体育館のグリーンパスの無料化から半額負担へ、国保の全体的値上げ、家庭ゴミの有料化、下水道料金の見直し等々……。
 私はどうしても怒りを抑えきれず、我ながらものすごいハイテンションで1時間飛ばしました。

 市長はじめ皆さんゲンナリしたかもしれませんが、私自身も声はかれるし、結構くたびれました。
 このような自称「ブチ切れ質問」は、2004年度の予算編成に際し、当時の上原市長が突然、「財政危機宣言」を打ち出し、高齢者のふれあい牛乳や、保養所助成の打ち切りや削減を提案した時以来です。

 その時より社会状況は厳しくなっています。
 また65歳以上の方々は、国の税制「改革」により、当時より1億8千万円も多く市民税を納めておられます。介護保険でも医療改革でもダブルで、負担増に利用制限までされて、どこにも落ちつけず、老老介護になったり、大変な状況になっておられる方がいます。
 その実態が本当に見えているのでしょうか。高齢者福祉関連の予算に手をつける前に、他に手をつけられるものはないのでしょうか。ないのであれば、市長は理事者や部長の給料の大幅削減を、また賛成の議員は自らの報酬の削減を条件にやるべきと考えます。

 それほどまでの財政危機になっているとは私は思いません。
 高齢者福祉の見直しは最後の最後、やるときも所得制限を原則にやるべきだと思います。

 予算に反映するものに関しては、来年2月ぐらいに正式に決まるので、今後いろんな場で意見し撤回を求めていきます。

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2008年12月 2日 (火)

二世による中国帰国者相談支援に希望を抱きつつ、関口市長が今後やろうとしている行政改革にガックリ

 本日は議会定例会休会日です。

 午後、市役所にて、中国帰国者の二世で支援相談員のリさんに現状について伺いました。
 「今日午前中はどんな相談がありましたか?」と質問しました。
 すると、
 *一世にあたる方の手術の相談
 *三世にあたる赤ちゃんの病院の相談
 *二世の方の就労や、生活保護や病気の相談
 *引っ越しに伴う三世にあたる子どもの小学校の学区の問題
 *一世の方のシルバーパスの申請について
など、いくつも出てきました。どれも、リさんは同行し、通訳もしています。

 体調が悪いのと言葉の壁で中々家から出ない一世の方を訪問したいのだけど、「国分寺市では認められているが、国立市ではどうなるか?」という事でした。これから寒くなるので、是非家庭訪問をやって下さいと私からも勧めました。今度の課長は中国帰国者問題については本などでよく勉強されており理解があり、助かるとの話しも出て、当事者だからこそできる「親身になった」支援相談の実例をみました。

 その後、介護保険課長より、今回の市長の「財政健全方策」及び行政経営方針に基づき、65歳以上の高齢者で買い物や家事が困難な方に対するお弁当の配達サービスの自己負担を、現状の300円から400円に引き上げようとしている事を聞き、暗澹たる気持ちになりました。企画部からは、他市並みの600円にと言われ、それはほぼ毎日利用する人には無理という担当の結論で、100円値上げの案に落ち着いたとの経過説明に、食べものは生きる事に直結するのに、とんでもないと思いました。一般質問で取り上げます。

 夜は事務所で、アートセラピストの、ちよさんの「アートカフェ」を開きました。テーマは「5年後の私のビジョン」で、いろんな雑誌等を切り貼りするコラージュというやり方で作品を仕上げました。とっても楽しかったです。

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2008年11月20日 (木)

お昼は高齢者のふれあいコンサート、夜はこども総合計画についてのわくわく塾です

 本日は第5回ふれあいコンサートでした。今回も芸術小ホールがほぼ満席になるほどの高齢者の方々が来てくださいました。
 主催者の遠藤喜美子さんは山田耕作さんに師事したといいます。80歳を越えた喜美子さんの歌声は今年も素晴らしく、私としては今年も『初恋』を聞けて感動しました。
 また、鈴木明子さんのマリンバでは、『荒城の月』『川の流れのように』の曲で涙する方が多く、ラストの70歳を過ぎた岩下要さんのバイオリンでは、アンコールが出るほどでした。岩下さんは『愛の讃歌』でアンコールに応えてくださいました。
 最後に会場の皆さんで、『ふるさと』などを歌いました。客席からの歌声がなんともいえず優しく響き、舞台そでで聴いていて胸が熱くなりました。

 コンサート終了後は恒例のロビーでの懇親会です。南風さんがコーヒー、ケーキを出してくださり、100人以上の方々が楽しん懇談してくださいました。お土産は今年もヤクルト研究所からのジュースでした。
 いろいろな団体・個人の協賛により、このコンサートが「無料」で成り立っている事、多くの人の手と目で成り立っている事に今後の地域福祉へのヒントを感じます。

 一人暮らしの高齢者で、希望される方に、安否確認も含めて週3回、牛乳が無料で配達されるのが「ふれあい牛乳」です。財政難を理由に関口市長がこれを切る事がないよう、議会でしっかり発言しなくてはと今年も思いました。

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 夜は、公民館で開かれた「こども総合計画」に関するわくわく塾に参加しました。
 わくわく塾は行政の出前説明会で、3~4人の会でもOKというものです。本日は「子どもの権利条例を読む会」の皆さんの要請で開かれました。

 大きな質問が出されました。「こども総合計画」では、第一に『子どもの権利条例』の制定に取り組むべきですが、計画制定から7年も経つのになぜ着手されないのか?というものです。
 職員の回答は大変率直でした。
 「こども総合計画」の担当者はたった1人で、各小学校での放課後こども活動・こどもホームページ・キャンプ・成人式などの具体的事業に追われ、条例制定のような大きなものには手が回らない。「市長特命プロジェクトチーム」のようなものを作ってもらわなければ到底不可能とのことです。本当にそうだと思いました。
 関口市長は、このような現場の職員の声を、組織改正の時に聞かなかったのでしょうか?
 職員1人では到底背負えない程の中身と量の責任がのしかかっていること、市長や議会の指摘する職員の「やる気」や「創意工夫」では到底片付けられない現場の声を、市役所自らが取り組むべきだと感じました。十二月議会で取り上げます。

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2008年11月 5日 (水)

風邪ぎみの中、ふれあいコンサート実行委員会としょうがいしゃ団体等連絡協議会に参加

 11月5日、朝起きると、まだ体の芯が熱っぽく、だるさが体全体に漂っていましたが、午前10時からのふれあいコンサート実行委員会に参加しました。

Sh350031  場所は主催者で主演の遠藤喜美子さん宅です。
 国立市の保存樹木に指定された大きなけやきや紅葉等の木々に囲まれたお庭はすっかり秋真っ盛りで、たくさんの椎の実が落ちていました。実行委員Fさんが、来る時に拾ってきたのよと、色づいた柿の葉を小さなスケッチブックから出され、私は記念の写メールを、実行委員Tさんは絵手紙にするんだと大事そうに持って帰られました。

 主演の遠藤さんは82歳。実行委員のお二人も70歳代です。
 20日の高齢者ふれあいコンサートには高齢者の方々が大勢来られる事でしょう。昨年、「来年も来られるよう生きていたい」とアンケートに書いていらっしゃった方も来ていただけたら嬉しいなあと思います。「無料」「地域」「本物」のコンサートを今年もこのような素敵な先輩達に交じってお手伝いできる事に幸せを感じました。

 夕方6時からは、福祉会館で開かれた車椅子の方々を中心とする国立市しょうがいしゃ団体等連絡協議会に出席しました。
 市に提出する国立市地域保健福祉計画の見直し・評価のまとめの作業中で、メインは、365日24時間対応の緊急相談窓口の設置に向けて、市と社会福祉協議会と市民との三者会議の必要性など、熱心に話し合われました。
 「当事者主権」という言葉の意味を実感する一日でした。

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2008年10月12日 (日)

自転車事故、いじめ、子育ての疲労、老老介護など、多くの課題に出会った日でした

 10月12日朝、矢川の家を出て、休日応急診療所の角まで来ると、女性が道に倒れ、傍らに小さなお子さんの手をつないで、心配そうにしゃがみこんでいる夫らしき男性が目に入りました。
 側に自転車が2台。声をかけると、カーブで自転車同士が接触し、妻の乗っていた自転車が倒れ、肩を強打し、痛さで起き上がれず、救急車を待っているという事でした。
 次の用事があり急いでいましたが、心配で立ち去れず、何か自分に手伝える事はないかとアレコレしていましたが、救急車が来るのがとても長く感じられました。
 2歳ぐらいに見える子どものヘルメットが転がっており、その子はどこもケガはないということです。もしかしたら、本能的に子どもを守ろうとして、ご自分の体を強打したのではないだろうかと思いました。また、左肩ではあるけれど、これからの育児が大変だろうなあとか、でも頭でなくて良かったとか、いろいろ考えてしまいました。
 自転車はほんの一瞬の事故でも取り返しのつかない事になると実感しました。どなたかわかりませんが、早く回復なさる事を願っています。

 その後、本来の用事である、東の造形リトミック教育研究所に伺いました。
 この研究所は、しょうがいをもつ子どもたちに音楽と造形を統合させて学習の基礎能力を開発する創造的教育を行ない、30年以上の実績があります。私が知っているこどもたちも何人も通い、その素晴らしい絵や作品に感動しました。
 実は、そこに通うお子さんが学校でイジメにあい、保護者が度々訴えても解決されず、研究所としても面談の域を越えるので、研究所から私に連絡して来たのです。
 副所長である玉野さんから、一般論として、イジメの問題は、イジメる側の子どもも大きな意味で被害者であり、何らかの(学校・家庭・自分自身などの)ストレスフルな環境の中にいる事、厳しく注意すれば解決する訳ではなく、そこで学校の教育力が問われるのだが、若い担任の未熟さをフォローできる力量が学校にないように思える等、貴重なお話しを伺う事ができました。
 また保護者から、ゲームの様にパンチされても、周りの子はむしろイジメの側につく事、その事を相談できる他の保護者がいない事などをお聞きし、大人社会の問題がストレートな形で教室で起きている事、その事を解決できない学校の姿が見えるようでした。イジメてしまう子のかけこみ寺が欲しいという言葉も心に残りました。
 また実際にイジメられている子は、家庭やリトミック教室で自らを解放し、イジメられている事そのものすら、自らの成長のかてとしていると聞き、希望が見える思いでした。
 イジメている子や、その親や、担任みんなを励ましたいと言われる副所長に、「教育力」とはこの人間を信じる力なのだろうと思いました。こども達の素敵な絵に囲まれたこのスペースで、担任や主任や指導主事なども入り、今後の対応などについてじっくり話しあうと道は開けるのではないかと感じました。
 私の仕事はまずは教育長と話す事で、早速14日に動きます。

 他に、しょうがいのある子どもを育てるのに疲れ、我が子をかわいいと思えず、せめて、土日だけでも眠りたいとのSOSを受けているが、週末ステイできる場所がないという相談も一緒に受けました。子育ての疲労が虐待やネグレクトにつながる事は容易に想像できます。

 これも14日の私の宿題となりました。こども家庭支援センターとの話しになります。いずれにせよ、地域の教育力の拠点として、このリトミック教育研究所のような民間とのネットワークも大事なのではないでしょうか。

 午後からは、公民館地下ホールで開かれた市民主催の「九月議会の話しを聞く会」に参加しました。
 この中で、議会は魅力がない、行って何も得るものがないという厳しいご批判をいただきました。こういう市民の声に議会はもっと真摯に耳を傾け応えていかなければいけないと感じました。市民の声を聞く会を議会としてやるべきではないかと思います。苦情は貴重な提案です。そこからの議会改革が必要だと考えます。

 また、老老介護では次のような訴えがありました。胃瘻や管をつけた夫が入れる施設がなく、救急車で入院するが、退院しても行くところがなく自宅に帰らざるを得ない。そしてまた救急車……、を繰り返している。くたびれ果てて市役所にかけこむが、市の窓口の対応が本当に冷たい。ほかの市ではケースワーカーが病院まで来て、病院のケースワーカーと協議し、次の対応を考えてくれるが、国立市は紙を渡すだけとの訴えです。
 「対応します」と市長が返事をしていましたが、これも14日以降の追跡調査に加わりました。

 以上、交通事故、いじめ、子育ての疲労、老老介護など、いくつもの議員としての宿題をもらった一日でした。
 ひとつひとつが重い課題ですが、市の課題(人員不足など)も考える中で、苦しんでいる市民と、担当のケースワーカーをつなぎ、実効力のある相談支援体制(窓口からサポート先まで)を作っていかなければなりません。私も人と人とをつなぐ「まちのコーディネーター」になりたいと思いました。

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2008年10月 1日 (水)

第5回ふれあいコンサート実行委員会に参加

 10月1日、第5回ふれあいコンサート(11月20日開催予定)実行委員会に参加しました。

 2004年1月、突然財政ピンチ宣言が出され、いくつかの事業の廃止が示されました。その中にふれあい牛乳事業も含まれていました。この事に対して、存続を求める陳情が出され、議会で賛成多数で可決され存続される事になりました。
 その存続を記念して、陳情を出された「高齢者福祉を考える会」の代表であり、声楽家の遠藤喜美子さんが、高齢者のためのふれあいコンサートを開かれたのが始まりです。

 当初から商工会はじめ多くの団体・個人の賛同により無料で開かれ、ヤクルト研究所からはヤクルトが、地元のコミュニティーカフェはコーヒーや手作りクッキーを提供し、コンサート終了後はロビーで多くの方々が懇談されています。
 舞台では毎年地域で暮らす音楽家の方々が趣旨に賛同し、演奏してくださっています。

 秋の一日、みんなの手によるコンサートで、本物の音楽を楽しみ、そして、おいしいコーヒーとクッキーと歓談。その小さな時間がつくり手も参加者も幸せにするんだなあと感じます。
 昨年頃から、80歳になる遠藤喜美子さんのソプラノの素敵な歌声に元気をもらい、来年も来れるように自分も元気でいたいと希望を感想に書かれる方が目につくようになりました。

 初回からお手伝いしてきて「ふれあい」の中身を実感できてきたと思っています。

【ふれあい牛乳事業とは】
 75歳以上の一人ぐらしの方の希望者に週3回牛乳・ヨーグルト等が安否確認を兼ねて配達される。次の配達時、もし牛乳が残っていれば、牛乳屋さんから市役所に連絡がいき、市が対応するという制度。

 現在、市内、大学通りの内山牛乳店、東の北澤牛乳店、富士見台の下田牛乳店の3つの牛乳店が約600人に配達。人気の高い事業である。

 かっては5店舗あった牛乳店さん自体も減少している。個人商店の問題も含まれており、地域のコミュニティーのためにも個人商店を守る施策が必要と感じる。他の自治体ではゴミの回収等もある。通院・買い物等での移動手段の確保、食事面でのフォロー等、一人ぐらしの高齢者を支える施策の必要性を感じる。

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2007年11月17日 (土)

15日、「第4回くにたちふれあいコンサート」。“ふれあい”とは「いのちとのふれあい」だと知る。

 2004年に始まった「ふれあいコンサート」も、今年で第4回をむかえた。

 そもそも、ふれあいコンサートは、2004年度の予算案編成に端を発する。当時の上原市長は突如財政ピンチを宣言し、ふれあい牛乳、長寿祝い金などの市単独の高齢者福祉事業を廃止対象とした。
 コンサートを主催する「高齢者福祉を考える会」の代表で、歌い手でもある遠藤喜美子さんが、「ふれあい牛乳の存続を求める陳情」を議会に提出し、採択され、存続が決まった。その喜びをわかちあい、ふれあいの輪を広げたいとの思いから、ふれあいコンサートは始まった。

 「ふれあい牛乳」は国立市の単独事業で、65才以上の一人暮らしの高齢者の見守りと健康保持を目的に、週3回、希望者に対して、牛乳、ヨーグルトなどが配達される。次の配達の時にそのまま残っていれば、市役所へ連絡がいくシステム。現在約600人の方々が利用されている。
 ふれあい牛乳は、計画上は今でも見直し対象のままである。

 私は、高齢者福祉が全て介護保険事業に包括されていくのは間違いだと感じている。
 介護保険利用者は65才以上のわずか13%にすぎない。大半の方々は、加齢に伴う心身のハンディを、医者にかかりながら、また、さまざまな工夫や、助けあいにより、越えていっているのではないだろか。
 今、国立でも、一人暮らし、高齢者のみの世帯が増えている。住みなれた地域で安心して暮らせるしくみをつくるのが、高齢者福祉の使命だと私は考える。

 その視点で考えると、自己申告制のふれあい牛乳は、一人暮らしを支えるセーフティネットとなり得る。しかも地元の牛乳店ともつながる。このような、地域におけるライフラインのつくり方は、自然な地域コミュニティ福祉を考える上で非常に重要と考える。
 ふれあい新聞、ふれあいゴミ収集などなど、いくつも拡がっていける話しだ。決して、廃止対象事業ではなく、「ふれあい」の中身の充実発展をめざすべきだ。

 今回のコンサートは、お琴と尺八の地元グループ「華組」さんの演奏、例年通りの遠藤喜美子さんのソプラノ独唱、毎回ピアノをひいて下さっている宮本あんりさんと華組さんとのジョイント演奏、の三部構成。そして、アンコールは、会場の皆さんと一緒に歌う「故郷」「みかんの花咲く丘」「浜辺」だった。

 音楽療法の資格もあり、子守り歌に評価の高い遠藤喜美子さんの79才とは思えぬ、あたたかで優しいソプラノの歌声がそのまま会場全体の雰囲気となり、最後の全員で歌う「みかんの花が~」のあたりでは、なんとも言えない素晴らしい合唱に会場全体が包みこまれた。
 あたりまえであるが、会場は高齢の方々ばかり。その方々が、「やさしい母さん~」の歌声にふるさとを思い、母を思い、郷愁の感に包まれている事が、舞台そでで聞いていた私の心に痛いほど伝わってきて、胸が熱くなった。
 ふれあい牛乳から生まれたこのコンサートは、「ふれあい」とは、「いのちとのふれあい」である事を教えてくれた。

 コンサート終了後はロビーでの懇談会。
 例年通り、ヤクルト研究所がジュースをカンパして下さった。
 また、カフェ“しゃらの木”さんが、クッキーに、コーヒー、紅茶、緑茶を出して下さった。

 しゃらの木の加藤さんの人のもてなし方は絶品であると常々感じていたが、この日は、それが、本物である事を確信した。
 緑茶に人気が行くとの予想に反して、コーヒーに人気が集中し、多くの人が並んでいた。喫茶店のコーヒーの香りは、誰もがホッとする時間であり、青春のひとこまを思いださせるものなのかもしれない。「ふれあいカフェ」がまちなかにいくつもできるといいなあと思う。そこに、しゃらの木の加藤さんのような、“おもてなしの名人”がいてくれると本当に素晴らしい。

 わざわざデイサービスの場をつくらなくても、おそばやさんでも、市場でも、銭湯でも、その道のプロは、自然とコミュニティ福祉の感覚を備えているような気がする。行政はそんな人たちと連携し、サポートする必要があるのではないか。個人商店支援の今日的意義はそこにある。

 「入場無料」を貫くには、地域の音楽家の協力が不可欠であったし、賛同金の提供、当日及び当日までの裏方など、多くの地域の人々の支援・協力がなければできなかった。主催代表の遠藤喜美子さんは、「隣人愛」の精神で、とおっしゃる。

 感想の大半は、「来年も続けてほしい」「来年も来れるように体に気を付けていきたい」「年1回ではなくもっとやってほしい」「元気が出た」などであった。

 暮らしは文化そのものであり、福祉そのものである。そして、暮らしは人生であり、いのちなのだという事をこの会に関わるすべての方々に教わった。

 ちなみ、この日は、ボジョレーヌーボーの解禁日であった。ワインで乾杯できたら最高の気分だったに違いない!

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