2015年10月25日 (日)

沖縄と共に!

本日、公民館で開いた高里鈴代さんのお話しを聞いて考える学習会には、40人以上の参加がありました。

高里さんの話しを聞いて感じたことを記します。

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1945年3月に米軍が沖縄に上陸、島民の四人にひとりが死ぬという状況と米軍による性暴力は同時におこった

そして、敗戦
生き残った島民は全員集められ、収容所に入れられ、米軍基地が作られた

日本にある米軍基地の74%が今も沖縄にある

そして
今も、米軍による事件・事故はあとをたたない

そして、強姦も…

いのちを奪われ、土地を奪われ
フェンスに囲まれ、日本政府に守られた米軍基地

沖縄の自己決定権は奪われていると翁長知事は国連で訴えた

誰に奪われたのか

直接はアメリカ
でも、本当は、日本政府だ

沖縄の代表団が政府に辺野古新基地建設反対の意志を伝えに東京に来た時、ヘイトスピーチを浴びせられたそうだ。

本当に申し訳ない。

憲法9条を守れ、安保法制に反対という人の中にも、辺野古新基地建設はやむなしという人たちがいるそうだ

なぜ、なぜ、なぜ

今も、見えない収容所から家に戻れていない、墓参りもできない、島民が大勢いるということなんだよ
沖縄はまだ解放されていない
米軍基地は沖縄の島民の土地だったんだ

島民に返してほしい

なぜ、日本政府はそう言わないの

沖縄は今、島ぐるみで日本政府に辺野古新基地建設にNOを突きつけた。
もう、がまんの限界を越えたのだ。

政府は行政不服審査の申し立てをした。
自分が自分に申し立てする様なものだから、結果は我田引水だ。

だから、近い将来、裁判が始まるだろう

裁判に関係なく、国は工事を進めるだろうと言われている
「自分が法だ」の首相だ、
きっと、ニッポンを守るためにとか言うのだろう

そんな言葉にだまされない

ニッポンを守るために、沖縄を犠牲にするなと、ヤマトンチューの私たちが言わないといけないと思う

それってあたりまえでしょ

誰かを犠牲にして、我が身を守る、それって卑怯でしょ

せめて辺野古新基地はダメだと言おう
本当は、沖縄からすべての米軍基地がなくなって、はじめて沖縄の戦後がくるんだから…

だから
せめて、辺野古新基地はダメって言おう!

どうしてもって言うなら、
東京に収容所をつくって都民を集めて、つくってみよ

そんなこと、考えられないよね。
そんなことしたら暴動起こるよね。

同じこと、沖縄でやってんだよ
70年間ずーっとね

もっと想像力を持ちたい
沖縄の痛みに敏感になりたい
人間性を鍛えたい

ジョン・レノン、マイケル・ジャクソン、そして、忌野清志郎…
沖縄は文化の島なんだって
そうやって平和を守ってきた歴史があるんだって
それが、沖縄のアイデンティティ、自己決定権、
とっても大切な、守られるべき権利なんだよ
尊厳であり、人権なんだ

…………………………

夜中に寝られず、
何度も自分に言い聞かせていました。

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2015年10月24日 (土)

明日の沖縄から来られた高里鈴代さんのお話、ぜひ聞きに来てください

沖縄の翁長知事は辺野古新基地建設のための埋め立て承認を取り消し、国と裁判を視野においた対決となりました。

9月には国連の人権委員会で「沖縄の人たちの自己決定権がないがしろにされている」と演説しました。

明日、お忙しい中、高里鈴代さん(沖縄島ぐるみ会議共同代表)が公民館に来てくださいます。

今の沖縄の声を、高里さんから話していただきますので、ぜひ、ぜひ、お越しください。

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高里鈴代さんのお話を聞いて考える

テーマ「沖縄から考える、安保法制・辺野古米軍基地建設・性暴力」

日時…10月25日(日)

午後1時〜3時(高里さんは2時までしかいらっしゃいませんので、1時から2時までが高里さんのお話しです。そのあとは集まったみなさんで話しあいたいと思います。)

場所…公民館(三階、講座室)

主催…「戦争に反対する女たちの会」上村(09018148371)

高里鈴代さんプロフィール

1940年生まれ、那覇市女性相談員7年、那覇市議会議員4期を務め、現在「強姦救援センター・沖縄」代表、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表、「島ぐるみ会議」の共同代表

※10月24日に「戦争法案を廃案に!女たちの会・埼玉」が高里鈴代さんを招くので、その帰りに国立市に寄っていただけることになりました。皆さま、ぜひお越しください。また、拡散ください。よろしくお願いいたします。

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2015年4月 5日 (日)

「変えたかったら、選挙です!」

昨日は、「丸ごと生きよう、女たち!~再び『国策』に利用されないために~」と題して集会を開きました。メインゲストに沖縄から宮城晴美さん(沖縄女性史家)をお招きし、70名ほどの参加がありました。
直前の国立駅前の情宣でチラシを受け取った方が、そのまま参加してくださったり、沖縄への関心の高さがわかりました。

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第1部は「沖縄から女性問題を考える」で、宮城晴美さんが基調報告をされました。
宮城さんは、「『沖縄の人たちは、普天間基地の移設に反対している』との間違った情報がメディアで流されている。沖縄は負担軽減を求めているだけ。菅官房長官は沖縄にやってきたが、最初に会ったのは前知事の仲井眞さん! 翁長県知事に会う日は、沖縄の人たちは県庁に集まる。沖縄は日本の中で唯一、地上戦が行われたところ、戦争になったらおしまいということを知っている。軍隊は島民の生命を守らないこと、集団自決に追い込まれ家族の中で殺し合った悲劇も体験している。戦争になったらおしまい!という沖縄の人たちの気持ちが他の日本の国民に伝わらない」と、今の沖縄の声は何なのかを話されました。
また、女性問題の視点から、集団自決による死亡者の比率は成人女性と子どもとで80%を超えること、沖縄の日本軍「慰安婦」の問題、そして改憲への動き、とりわけ、自民党の憲法24条改定案「家族は、互いに助け合わなければならない」の危なさ、家父長制への回帰、などを話されました。

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第2部はシンポジウム「今、国立で女性問題を考える」でした。
パネリストの遠藤良子さん(くにたち夢ファーム)、北村千佳子さん(女性ユニオンくにたち)、そして宮城晴美さんに討論していただきました。
遠藤良子さんからは、「シングルマザーやDV被害者の支援の中で大事にしていることは、いいことも悪いことも含めて、丸ごと自分は生きていていいのだと思えるようになること、そこまでの寄り添い、サポートが必要」というお話がありました。
また、北村千佳子さんは「この間、労働法が変えられ、より厳しくなった。正職で働きたくても仕事がないという人が多い」と話されました。
お二人ともに、今の安倍政権の「輝く女性の登用」がいかにまやかしであるかを話されました。

沖縄の声を聞かない政権、
自粛するメディア、
戦争体制が作られる中で、
再び女性が使われはじめている、
「欲しがりません勝つまでは」
「産めよ増やせよ」
「お国のために」の再来が来ている、
繰り返してはいけない、
戦争の道を許してはいけない、
そこだけでつながろう!

沖縄の人たちは、民意を反映させることができる選挙をした。
宮城晴美さんは、「変えたかったら、選挙です」と言われた。
今の政権の独裁を止めるために、選挙を使おう!
改めて決意しました。

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2015年3月31日 (火)

安倍政権は──

憲法さえも無視し、沖縄の民意無視し、一党独裁の政治を強行しています。

非常に恐ろしいことです。自民党内部からブレーキがかからない怖さもあります。

沖縄の問題は、地方の問題であり、私たちの問題です。

4月の統一地方選挙は、政権にブレーキをかけられるかどうかの大事な選挙となります。

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2009年5月14日 (木)

防衛省に行ってきました。

 「基地にNO!アジア・女たちの会」の6人で防衛省に出向き、沖縄高江の問題について要請書を提出しました。
 参議院議員今野東さん(民主党・沖縄担当)の秘書さんが手配してくださり、防衛省側も担当者6人が応対しました。

 わずか30分間でしたが、「沖縄の北部に広がる世界遺産と言われるヤンバルの森が、戦後、米軍の世界でただ一つのジャングル演習基地とされ、その中でどれだけの武器が使われたか。国は県に委託する形で環境影響評価をし問題なしと発表したが、現実に住民が暮らす自治体(この場合は村)による独自の立ち入り調査を認めるべきだ」と意見してきました。

 枯葉剤が使用されたとの話しや、事故多発のヘリパット基地の危なさと騒音の問題もあり、「何も問題なし」とする国の環境アセスメントは信じがたいものです。また、「住民に最大の配慮」と言いながら、住民説明会では一方的な説明のみで、公式に住民の声を聞く場は開かれていません。交付金を盾にとって合意にもっていく「協力しなければお金は出さない」という飴と鞭のやり方はヒドイと思います。

 座り込むしかない住民の思いが、村役場の職員と同じ「公務員」であるはずの防衛省職員になぜ伝わらないのでしょう。
 厳重な警備に守られた都心の高層ビルの中で進められる「安全保障」という名の軍事計画は、対象とされる地域に暮らす人達のリアル感とはほど遠いのだと感じます。
 現場の市町村は、国や国の事務を権限まで委譲されて行う都道府県に対して、もっとものを言うべきです。言わなければ、巨大な権力を持ちながら実感を持たない国は、頭だけの政治力学で事を進めかねません。国をもっと暮らしの現場に近づけないといけないと強く感じました。

 終わってから、同行してくれた川田龍平事務所の秘書さんからいろいろなアドバイスをもらいました。国会議員が遠いところにいる人ではなく、私達一人一人の代表なのだと実感した瞬間でもありました。

 昨日は2度目の要請でしたが、相手の職員に顔を覚えてもらうまで、これからも行こうと思います。これは市役所と同じです。人と人として向きあっているのだと感じられるまで行きたいと思いました。

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 夕方からは、しょうがいしゃ団体と4月の人事異動で代わった福祉総務課長、しょうがいしゃ支援課長、係長との顔合わせを兼ねた話し合いがあり、傍聴させていただきました。

 午前中の防衛省との話し合いとは180度違う、リアルな手応えのある血の通った話し合いがそこにはありました。
 暮らしの現場だからこそ譲れないと本気で怒る市民と向きあう職員の姿を見て、この姿が公務員本来の姿なのだろうと思いました。

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2008年12月22日 (月)

やっぱり、動いて、自分の目で見て、判断するのが一番大事と実感!

 怒涛のような十二月議会が終わり、12月21~22日、娘と一緒に熱海へ一泊の保養にでかけました。
 きっかけは、“熱海、一泊7980円で魚料理!”という新聞広告が目に止まり、疲れ気味だし、年に一回の自分へのご褒美と、福祉施設の激務に耐えられず支援員の仕事を辞めた娘への慰労も兼ねて行く事にしました。
 国立から離れた時間の中で、この間の事をあれこれ振り返りました。
 結構いろいろありました。

10日】 保存樹木のこと
 保存樹木の剪定でトラブルのあった件で、市がお願いした樹木専門家の農工大の名誉教授の診断に立ちあいました。大変興味深いお話を聞くことができました。保存に当たっては、やはりどう保存すれば良いかというビジョンが必要と感じました。

12日】 福祉保険委員会
 今年4月から保険料の徴収が始まった75歳以上の後期高齢者医療保険において、9月の段階で滞納者が200人以上いる事が判明しました。その方々は、滞納が続けば病院にかかれなくなる訳で、早急に対応を協議せよと意見しました。

13日】 川田龍平さんのお話しを聞く会
 30人ほどの方が集まり、環境委員会に所属する川田さんに、様々な要望が出ました。国会議員と市民がこんな近い距離で直接話しあうのは無所属だからこそと感じました。

15日】 沖縄高江の人達に代わって行動、介助者不足のこと、男女混合名簿復活のこと
 霞ヶ関の衆議院議員会館に行き、沖縄から選出された衆議院議員、照屋寛徳さんの優秀な秘書の菊里さんにお願いして、首相と防衛大臣に宛てた「沖縄高江の米軍ヘリパット基地建設反対」の要請書を担当局に手渡しました。これは、梨の木舎の羽田ゆみ子さん達の「基地にNO!アジア・女達の会」の行動の一環です。直接渡すと回答も得られ、質問もできるので、遠くてなかなか来れない高江の人達に代わって私たちにできる事があるのだなと感じました。

 夕方からは、介助者不足に関し緊急対応について話し合う国立のしょうがいしゃの方々の集まりに参加しました。

 その後、男女混合名簿の復活に向けての保護者・市民の話し合いに参加しました。
 こどもも、教員も校長も保護者もみんな、管理されたり締め付けられたりで、学校がだんだん窮屈になっている事を実感し、もう少しゆとりと余裕が欲しいなあと感じました。男女混合名簿は、人権が守られ、男女が平等で、しかも一人ひとりの違いが尊重される教育の具現化であると思います。

16日】 明和マンション調査特別委員会、「はじめの一歩ハウス」泊まりサポート
 午後いっぱいは明和マンション調査特別委員会でした。
 この日の午前中、どうしても気になることがあり、最高裁判所民事事件係に電話して質問しました。
 質問内容は以下の通りです。
 「最高裁への上告のタイムリミットの2007年1月4日(この時点では原告の明和地所も国立市も上告しない事では一致していた)、5人の補助参加人が上告を行った。その上告申請により、行政は、予定していた翌1月5日(高裁判決が確定した場合の賠償金支払いの開始日)の支払いが『できなくなった』と答弁しているが、果たして正しいのか? 本当は支払う事はできるのに支払わなかったのではないか?」
 答えは以下の通りです。
 「原則的には賠償金の支払いと裁判は別物。従って、もしも市が翌日支払って相手が受けとっていれば、金銭に関する争いはなくなったと解せられるから、被告の市には上告の意思はなかったと解せられ、残った補助参加人の不服申し立ての内容で最高裁判所は調査することになる。ただ市が被告の場合には公金となり、通常は補助参加人の上告をもって裁判は継続となるので、裁判の確定を待ったという事なのでしょう」
 つまり、支払いができないのではなく、市の判断で支払わなかったと解釈されるという事です。今回、市議会は上告を否決したのですから、補助参加人の上告があっても、市は上告できないという姿勢を明確に示すために1月5日に支払っていれば、以降の遅延金は生じなかったと考えます。

 夜は月に一度の「はじめの一歩ハウス」の泊まりサポートです。近頃中々眠りにつけない入居者(女性)の方が眠りにつくまで添い寝しましたが、これは6年間でできた信頼関係ですし、添い寝したら眠れるって、実は大事なんじゃないかと思いました。

18日】 最終本会議
 18日のブログをご覧ください。

20日】 事務所でYさん企画の「愛と自由を育む学校」
 1時間目は絵日記。2時間目は私の詩の授業で、30年前を思い出しながら宮沢賢治の『詠決の朝』を読みました。3時間目はゆるゆるリフレッシュで楽しい時間でした。

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 こう振り返ってみると、いろんな事をしながら、いろいろ考え、気づいてきたんだなあと思います。

 熱海のホテルは、想像したのとは随分違い、海も見えず、残念ながら温泉もなし! やや期待外れでしたが一晩ノンビリできました。
 新聞広告の鵜呑みではやっぱりダメだなあと思い、帰り、湯河原で下車し、海の見える源泉の日帰り温泉に入り、干物を食べたら最高でした。
 やはり何事も、直接行って、自分の目で見て、判断するのが肝心と思った次第です。

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2008年7月29日 (火)

遅れましたが、8月を前に沖縄報告を

 本日(7月29日)、知人からメールがきた。
 知人の知り合いから、「上村さん、7月に入ってブログ夏休みですか?」と聞かれたとのこと。

 バッチリ管理して下さっている方もいるのに、また日々いろいろ起きているのに、7月4~8日まで、沖縄で開かれた全国革新議員会議の報告ができない故にブログが止まってしまった。
 言い訳をお許し願えれば、胸の中にある感覚がなかなか言語化できなかったからだ。何を書いても思いを思い通りに表現できていないという思い。
 結局、感情が醸成して脳の整理が落ち着くまで寝かせてしまった。
 8月の前に沖縄レポートを残したいと思う。申し訳ないがお許しいただきたい。

【沖縄レポート】
 アメリカの9・11の後、テロを警戒して、沖縄への修学旅行が多数キャンセルされたとの報道を聞き、今こそ沖縄に行かなくてはと思いたって行った時以来、今回が2度目である。

前回は──

  • 米軍基地が島の一番良いところを広く占有していること。
  • その米軍基地をテロから守るために、日本の自衛隊が、こちらに銃口を向けて警備している異様さ(結局、アメリカが日本を守るのではなく、日本がアメリカを守るという約束が日米安全保障の実態なんだと実感した)。
  • 最後に、ウチナンチューとヤマトンチューの違い。先の戦争では「玉砕」、その後、アメリカの植民地となり、復帰後は米軍基地の7割を押し付けられ、米兵による暴行事件や米軍の演習事故があとをたたない。アメリカの次は日本の植民地か!という怒りの声が胸に迫った。自分がヤマトンチューであり、ウチナンチューから見た時、押し付けた側であり、何もしない側であり、踏んでいる側であるとの自覚を初めて知らされた(知らなかった、実感がなかったという事が、問題を他人事とする加害性の表れであり、申し訳ないと思った)。

そして、今回──

  • 集団「自決」に軍の関与はなかったとする教科書検定問題(これに対して全島あげての11万人の抗議集会が開かれ、検定意見の見直しをせまった)
  • ジュゴンが棲む美ら海、辺野古の海上基地非暴力での反対運動
  • ヤンバルの原生林、高江でのヘリポット基地増設に対する反対運動(ブロッコリーの森と言われる広大な森全てが、米軍の世界唯一のジャングルサバイバル演習基地となっている)
  • 米兵による少女暴行事件

など、話しを聞いたり、現地に伺った。

 過去の戦争から現在まで、日本本土の「捨て石」にされたままの沖縄の現状を知り、その中にあって「非暴力」での反対運動を粘り強く続ける沖縄の人達の強さと明るさ。
 そして、まぶしすぎる程に光り輝く美しい海と森、その中にある米軍基地。……そのあまりにもの明暗は、自然と軍隊、平和と戦争、非暴力と暴力の明暗そのものであった。

 高江で、お話しを伺った時に、ある議員が、
「大変でしょうが、頑張ってください。」
と発言した際、金武町の町議の方が、
「何言ってる!高江の人達は150人でアメリカ政府とも日本政府とも必死で闘っている。基地問題だけではなく、過疎の問題、高齢化の問題、産業も厳しく貧困の問題もある。日本が抱える全ての問題の縮図がここにある。それをいかに越えていくか、必死で闘っている人達に、一緒に走る事もせず外野から頑張れはないだろう!」
の怒りの声があがった。本当にそうだと思った。

 周りに森が広がり、時おりふく風は涼しい。にもかかわらず、ヘリコプターがものすごい騒音で頻繁に小学校の上を飛ぶのだという。
 常に危険と隣り合わせの日常が、この美しい森に囲まれた地域に起きている。現地に行かなくては判らない感覚だ。

 日本政府はこの豊かな自然を沖縄の人達に返すべきだ。それまでは戦争は終わった事にはならない、と私は思う。

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2008年2月19日 (火)

米海兵隊による少女暴行事件に抗議

Kc280009  2月19日午後、国民健康保険運営協議会。

 夕方は、国立駅南口での市民による、沖縄北谷町、米海兵隊による少女暴行事件に抗議のアピール行動に参加した。

 あっという間に500枚のチラシがなくなった。

 署名はないのかと、声をかけて下さる方もいて、市民の関心の高さが伝わってきた。

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2007年10月27日 (土)

トクシンさんの言葉~「戦争は差別から生まれるのです。差別があるから人を殺せるのです」

 25日夜、参議院議員山内徳信さん(元読谷村長)をお招きして、沖縄の教科書検定問題と基地問題についてのお話しを聞き、更に三多摩の各自治体での陳情・請願等の動きを報告しあう会を開いた。
 合わせて、ジュゴンが生息する美ら海、辺野古への海上基地建設に反対して座りこみの闘いを続けた漁民・住民、地域のおじい・おばあ達を描いたドキュメンタリー『海にすわる』を上映。国分寺の月桃の花歌舞団さんによるエイサーもあり、目で耳でオキナワを感じてもらえたのではないかと思う。
 平日夜にも関わらず、100人を超す参加者がいた。遠くは、熱海からの参加者もあった。

 山内徳信さんからは、「戦争の時、日本軍が沖縄にやってきた。当初は、沖縄の人達も日本軍を“友軍”と呼び、自分達を守ってくれる人達と信じた。しかし、次第に米軍に追いつめられて、いよいよとなった時には、日本軍が恐かった。おなかがすいたら、赤ちゃんは泣くより他ないのに、敵に見つかるからと、赤ちゃんの口を手でふさげ! あげくには防空壕から追い出された」などの当時の話から、今も続く基地問題についての切実なお話しをうかがう事ができた。
 トクシンさんは、「弱い者は知恵を働かす事です。風のように、水のように闘うんです。そのような思いで辺野古の海に座ったんです。ガンジーやキング牧師のように」と言われた。
 その言葉の持つ本当の重さは今の私には到底わからないと思う。しかし、非暴力の不退転の抵抗は、生存権の主張そのものであり、私が目指す政治の理想と重なると実感した。

 国立に来てほしいと参議院会館へお願いに伺った時、山内徳信さんは、「議員バッチをつけて海に座らないと、もうどうしようもない。自分はもう年だから、残りの人生を全て使って、自分より若い人達が逮捕され傷つく事がないように、住民の先頭に議員バッチをつけて立ち、国・警察と対峙する覚悟で参議院議員になりました」と言われた。何度も「いのちがけの闘い」という言葉を使われた。

 『海にすわる』の中で、国との話しあいの場でトクシンさんは怒りながら、「沖縄の海も空も国のものか!」と叫ぶ。今もなお、在日米軍基地の75%が沖縄にある。沖縄はまだ「本土の捨て石」にされたままなのだと痛感した。その沖縄の辺野古で座わり続けている住民は、沖縄からベトナム・イラク攻撃のために戦闘機が飛び立って、多くのいのちが、かっての沖縄のように失われている事に黙っていられないと闘っている。

 昨日、会にも参加していた息子が、「文科大臣って資産8億なんだって」とポツンと言った。テレビニュースでは、守屋前防衛省事務次官(沖縄担当でもあった)が、兵器専門商社から接待のゴルフ等をばく大に受けていた事を伝えていた。
 『海にすわる』の中で、住民代表の金城祐治さん(今年亡くなられた)は、「貧乏人には貧乏人の闘いかたがありますから、今日一日、体に気を付けて頑張りましょう。また明日も挨拶をしなくてはならないので、これで今朝の挨拶は終わります」と言われていた。
 何という違いなのだろう。腹の底から沸き上がる怒りを力に変え、沖縄の人たちのように、水のように、風のように、知恵を使い、闘っていきたいと思った。


P062q お話される山内徳信さん
P065q 多くの方が参加された
P097q_2 トクシンさんと私

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2007年9月29日 (土)

沖縄県民集会

 29日は沖縄で、教科書検定意見の撤回を求める県民集会が行われ、なんと目標を大きく上回る12万人もの参加がありました。

 「歴史をねじまげて、ウソを教えてもらいたくない」という高校生のアピールや、「私達はおじいやおばあから、戦争の話し(日本軍に殺されたり、手榴弾を渡され自決を迫られた等の集団自決の話し)を聞かされてきたが、おじいやおばあがウソをついていると文部科学省は言うのか」等のアピールがあったという。

 本日の声明を持って、15日、16日に200人ほどの人が沖縄から来て、文部科学省に提出し、検定意見の撤回を迫るという。遅くとも11月までに撤回されれば、教科書会社は元通りに直して印刷できるという。

 国立でも、検定撤回の陳情を出された市民が、午前と夕方、国立駅南口でチラシをまき、私も参加した。あいにくの雨にもかかわらず、自ら手をのばしてチラシを受けとってくださる市民も多く、関心の高さがわかった。

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 また、チラシまきの間に、子どもの権利条約を読む会の学習会に参加し、教育関連三法がどのように変えられたのかを勉強した。

 大きな変化は、首相が指名する文部科学大臣の権限が大きくなること。教育内容まで指導できるようになること。さらに、学校組織の序列化が進む事。校長をトップとする副校長・主幹等の配置、道徳教育の強化等、教育の独立に相反する、教育の国家統制が進む事がわかった。そのなかに地域も保護者も、学校評議会・防犯・育成会等に参加させられ組み込まれていくこともわかった。

 学校を、教科教育(学ぶ力をつける)よりも、規範意識の徹底と武道のような鍛練の場にしていくような印象を受けた。考える力、コミュニケーション力よりも、親子共に秩序に逆らわないよう叩き込んでいく教育となってきたと危惧の念を抱いた。

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